バックナンバー
アメリカの新聞にみる 人権問題とNPO
2000年6月号

今月の論評: 無制限の保障の制約、権利と権利の対立で

かしわぎ・ひろし

特集:「権利」と「権利」を裁く司法

1. 連邦高裁、エリアン君の難民申請で審理
"Two Sides Make Case for Elian" Friday, May 12, 2000, San Francisco Chronicle

2. プライバシーと差別発言、ADLが敗訴
"Privacy Rights Win Over Bias Charges In Defamation Case" Saturday, May 13, 2000, New York Times

3. 女性暴力禁止法の適用、連邦最高裁が拒否
"Justices reject law letting victims sue" Tuesday, May 16, 2000, Sacramento Bee

4. ケーブルTVのセックス番組、規正法は違憲
"Court Overrules Law Restricting Cable Sex Shows" Tuesday, May 23, 2000, New York Times

5. 連邦最高裁、職場の差別発言禁止を支持
"Supreme Court Backs Ban on Workplace Slurs" Tuesday May 23, 2000, San Francisco Chronicle

ニュース・ファイル

1. 銃規制の動きに反発、NRAが共和党テコ入れ
“Gun-Control Efforts Trigger Strong NRA Drive for GOP” Friday, May 5, 2000, Wall Street Journal

2. 年齢差別訴訟、州最高裁判決迫る
"Crucial State court Ruling Due in SF Age Bias Suit" Monday, may 8, 2000, San Francisco Chronicle

3.サイズ差別禁止条令成立、サンフランシスコ
"San Francisco Ordinance Outlines Size Discrimination" Tuesday, May 9, 2000, New York Times

4. 民族差別で自殺、元社員の遺族が日通を訴え
"Corporate Racism Blamed for Suicide" Thursday, May 11, 2000, Asian Week

5. バンカメ、地域貢献融資の目標突破
“BofA Tops State Goal in Lending” Tuesday, May 16, 2000, San Francisco Chronicle

6. コカ・コーラ、多様化促進策に10億ドル
"Coke Torts $1 Billion Diversity Plan" Wednesday, May 17, 2000, San Francisco Chronicle

7. DVによる殺人で人種格差、司法省が報告書
"Study Shows a Racial Divide in Domestic Violence Cases" Thursday, May 17, 1999, New York Times

8. 精子ドナーのプライバシー制限、裁判所が判断
“Court limits sperm donors' privacy” Sunday, May 20, 2000, Sacramento Bee

9. 1999年の寄付、推定で9%増加
"Charitable Giving Surged Again in '99, by an Estimated 9%" Thursday, May 25, 2000, New York Times

10. 民主共和両党、技術労働者の受け入れで対立
“GOP, Democrats Square Off Over Legislation To Allow Entry of More Skilled Foreign Workers” Wednesday, May 31, 2000, Wall Street Journal

今月の論評: 無制限の保障の制約、権利と権利の対立で

かしわぎ・ひろし  

権利は神聖なもの、といわれる。このことばは、権利の絶対性を示唆している。しかし、権利といっても、ひと つではない。さまざまな権利がある.権利と権利が衝突する事態があっても、当然だ。最近、アメリカの裁判で は、権利と権利の対立に判断が求められる事態がしばしばある。権利と権利の対立した場合、裁判所は、どう判断 しているのだろうか。  

子どもの権利と親権。先月号の特集にもなったエリアン君事件のひとつの争点は、この 問題である。司法省が実力で親戚宅からエリアン君を「救出」、父親の手に戻した後も、この問題は尾を引いてい る。難民としてアメリカへの移住を希望したといわれるエリアン君の申請を受理するのか、それとも父親の意向に したがいキューバに戻るのか。  

かつて、子は親にしたがうもの、とみなされてきた。公権力が親子関係に介入することはあった。ただし、子ど もの生命が危険にさらされるなどの緊急事態に限定されていた。しかし、今日、幅広い内容の子どもの権利が主張 されるようになっている。エリアン君の裁判では、このふたつが混ざり合って議論されているようだ。  

すなわち、エリアン君がキューバに戻されたとき、迫害されるのではないかという懸念から、難民として受け入 れるべきではないかという考えが表明されているのである。反面、苗字も書けない6歳のエリアン君が自ら難民と して父親と離れ、アメリカで暮らすことを選択する判断ができるかどうかが争点になっている。

権利と権利の対立は、プライバシーの保護や表現の自由をめぐる議論でも活発になってきた。ユダヤ系の人権団 体として知られる反誹謗同盟(AOL)は、コードレス電話の発言を盗聴したとして、1000万ドルを超す罰金の支払 いを命じられた。この発言が差別的な内容を含んでいたとするAOL側の主張は、認められなかった。  

表現の自由でしばしば問題になるのは、セックス描写である。1996年に成立した逓信法に基づき、政府は、セ ックス描写を中心としたケーブルテレビの放映時間を制限する措置をとった。これに反発したケーブルテレビ会社 が提訴。連邦最高裁は、希望しない番組を遮断する技術が容易にできるとして、政府の措置を違法とした。  

職場における差別発言が表現の自由によって保護されるかどうかをめぐる裁判の判断も、最近だされた。カリフ ォルニア州の最高裁は、人種差別的なことばを職場で多用することは表現の自由に保護されず、雇用差別 法に抵触 すると指摘していた。この判決に対する被告側の上告を棄却する形で、連邦最高裁は、職場の差別 発言の禁止を支 持した。  

表現の自由に関して上に示したふたつの最高裁の判断は、9人の判事の意見が5対4と真っ二つに分かれるなかで だされたものだ。このことは、司法の場においても、権利と権利の争いに対して判断を示すことが容易でないこと を示唆している。  

ケーブルテレビの判決では、「希望しない番組を遮断する技術が容易にできる」かどうか、が焦点になった。職 場の差別発言においても、カリフォルニア州の控訴裁判所では、禁止すべきことばを特定すべきだという注文をつ けた。  

では、番組を遮断する技術が万全なのか。禁止すべき差別語を特定することが可能なのか。司法の判断は、一方 の権利に無制限さを保障することを避けようとしているだけのようにもみえる。権利と権利の対立が今後激しくな ると思われるなかで、人権の尊重、権利の重要性を指摘する側にとって、投げかけられた課題も大きいといえよ う。
バックナンバー