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アメリカの新聞にみる 人権問題とNPO
1999年7月号

今月の論評: 深刻な憎悪犯罪の現状と対策

かしわぎ・ひろし

特集:ユダヤ教会放火事件と憎悪犯罪

1.連邦捜査官、放火事件の証拠集めに奔走
"Agents Gathering Evidence in Attacks On Synagogues" Monday, June 21, 1999, San Francisco Chronicle

2.アジア系団体、放火事件の被害者を支援
"JACL, Other Sec'to Asian American Groups Support Victims of Synagogue Arson Attack" Tuesday, June 22, 1999, Hokubei Mainichi

3. 教会の修復に600万ドル、連邦政府が融資へ
"6 Million To Help Fix Sacramento synagogues" Wednesday, June 23, 1999, San Francisco Chronicle

4. 放火事件の容疑者、人種隔離主義者に焦点
"Arson probe focuses on separatists" Friday, June 25, 1999, Oakland Tribune

5. アメリカ社会に影を落とす、反ユダヤ人活動
"Anti-Jewish acts cast shadow on a promised land" Sunday, June 27, 1999, San Francisco Examiner

ニュース・ファイル

1.インディアン部族、タバコ会社を提訴
"Tribes Sue To Be Part Of Tobacco Settlement" Friday, June 4, 1999, San Francisco Chronicle

2.ナチ収容所を記憶する奨学金、生存者が創設
"Holocaust Survivor's Thank You Echoes Through the Generations" Monday, June 7, 1999, San Francisco Chronicle

3.政府機関の尋問と人種関係、大統領が調査命令
"Clinton Orders Investigation On Possible Racial Profiling" Thursday, June 10, 1999, New York Times

4.IRS、政治的な保守系団体の免税申請却下へ
"Christian Coalition's Robertson Vows To Press Forward Despite IRS Setback" Friday, June 11, 1999, Wall Street Journal

5.政治離れの若者、ボランティア活動は活発に
"More Young People Turn Away From Politics And Concentration Instead on Community Service" Wednesday, June 16, 1999, Wall Street Journal

6.SLAの元兵士、ボランティア活動に集中
"Charity and Acting Filled the Life of Ex-SLA Soldier" Friday, June 18, 1999, Los Angeles Times

7.職場のセクハラでガイドライン、EEOC
"EEOC Issues Liability Guidelines on Workplace Harassment" Tuesday, June 22, 1999, Wall Street Journal

8.矯正可能な障害はADAの対象外、最高裁判決
"Disability Act Doesn't Cover Correctable Ailments" Wednesday, June 23, 1999, San Francisco Chronicle

9.障害者の権利擁護団体、最高裁判決を批判
"Ruling Upsets Advocates for the Disabled" Thursday, June 24, 1999, New York Times

10.海軍基地の跡地にインディアンの住宅建設へ
"Blessed Begining" Tuesday, June 29, 1999, San Francisco Chronicle

今月の論評: ヘイトクライムの深刻な現状と対策

かしわぎ・ひろし  

数年前、アメリカのマイノリティの代表を訪日させるプログラムを実施したことがある。当然のことながら、黒 人の代表者も含まれていた。しかし、訪日直前になって、ある事件により、黒人代表の日本行きが中止になってし まった。黒人の代表が事務局長を努めていた全米有色人種地位向上協会 (NAACP)西部地区のサクラメント支部な どが火炎瓶で攻撃を受けたのである。いわゆるヘイトクライムだ。  

1994年に成立した暴力犯罪取締法律執行法のなかで、連邦議会は、ヘイトクライムを次のように定義してい る。「人種、肌の色、出身地、性別、障害、性的志向を理由に、加害者が意図的に被害者を選択して引き起こした 犯罪、または対象が物の場合、上記の理由でその物を対象にして起こした犯罪」  

NAACの支部が火炎瓶で襲われたのは、NAAC黒人団体であったためだ。したがって、犯行の動機は、単に建物 を破壊することではない。黒人への差別と偏見が、加害者の心のなかに深く根付いていたゆえに起きた事件なので ある。  

白人至上主義者の犯人は、ユダヤ教会や日系人団体の事務所、カリフォルニア州の公正雇用住宅局など、 NAACP 以外にも火炎瓶攻撃を行った。検挙された犯人は、弱冠18歳。逮捕後、裁判にかけられ、17年の収監刑 を受けた。  

そのサクラメントで、再びヘイトクライムとみられる事件が起きた。6月18日早朝、3件のユダヤ教会がわずか 45分の間に、相次いで放火されたのだ。事件に対して、放火された教会の関係者はもとより、サクラメント市 長、人権団体、ユダヤ教以外の教会関係者らが緊急集会を開き、事件を糾弾した。  

人種的偏見などに基づく暴力や犯罪行為は、最近突然発生したわけではない。先住民の虐殺、黒人へのリンチ、 黄禍論にともなうアジア系への暴力行為など、人種的偏見に基づく暴力は、アメリカの歴史の暗部として、だれも が知るところだ。  

しかし、ヘイトクライムという概念が生まれ、法的な取り締まりの対象になったのは、ごく最近のことである。 1970年代後半から80年代初めにかけて、日本車の輸出が急増し、失業した労働者が日本人と誤解した中国系アメ リカ人の男性をバットで撲殺した、いわゆるビンセント・チン事件の時も、ヘイトクライムという言い方はされな かった。

ヘイトクライムということばが、連邦レベルで法的な概念として成立したのは、1990年にすぎない。この年、 ヘイトクライム統計法が制定され、人種や民族、宗教、性的志向に関する偏見に基づいた犯罪のデータを集め、そ の内容を分析し、公表することが、司法省に求められることになった。  

その名が示すように、ヘイトクライム統計法は、犯罪の取り締まりを目的にしたものではない。しかし、ヘイト クライムの実態を明らかにするうえで、大きな意味をもった。例えば、カリフォルニア州では1997年、人種に基 づくものが1230件、障害に対するものが2件、宗教的偏見によるものが242、性的志向に基づくものが 357件報 告されている。  

ヘイトクライムを通常の犯罪より厳しく罰することを求める法律が成立したのは、1994年。この法律により、 ヘイトクライムを犯した人は、通常の犯罪より約3分の1、処罰を厳しくされることになった。1996年には、教会 放火防止法が成立。南部の黒人教会が相次いで放火される事件を受けたものだ。  

今回のサクラメントの放火事件の後、犯罪を糾弾する一方、多様な人種や宗教をもつ人々の共存の必要性を教 育、啓発すべきだという意見がでている。処罰の厳格化で、ヘイトクライムがなくならないからだ。政府による法 の執行と市民による教育、啓発の両輪が、差別や偏見という人々の心の問題の対処に必要なのだろう。
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