第2回アメリカのNPO型高齢者介護研修(現地参加型)
〜 サンフランシスコの「PACEプログラム」から学ぶ〜
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シルバー新報6/10
掲載記事
「シリーズ PACE」
第一回
高齢者への包括的医療介護制度、PACEプログラム
大阪市立大学大学院
教授 柏木宏
アメリカの六十五歳以上の高齢者は、現在、三千六百万人。このうち、九百万人が長期介護を必要としている。この数は、二〇二〇年には千二百万人に増加するとみられる。
長期介護とは、慢性的な病気や障害により、医療的、非医療的ケアが必要とされる人々へのサービスである。ナーシング・ホーム(特別養護施設)を思い浮かべる人も多いだろう。しかし、長期介護が必要な人々のうち、ナーシング・ホームに入居する人の割合は少ない。地域での自立した生活を望む人が多いからだ。
長期介護が必要な人々が地域で生活することは容易ではない。医師や病院に行くには移送サービスが、自宅での検診や治療のためには定期的な訪問医療のアレンジが必要だ。食事や掃除、身の回りの世話などについても、別途手続きが求められる。いわゆる医療介護サービスの細分化による、利用者の負荷の増大である。
医療介護サービスの細分化は、支払い形態の細分化ももたらしている。医療サービスの多くは、連邦政府の医療保険でカバーされる。しかし、一部は、民間の保険や自己負担になる。低所得者は、自宅での非医療的ケアの一部について、社会福祉制度を利用できる。だが、所得が一定額を超える人は、自己負担となる。
包括ケアの必要性とPACE
こうした状態は、長期介護が必要な人々とその家族に、心理的なストレスや財政的な負担を与えていく。地域で生活しながら、長期介護に必要な医療的、非医療的ケアを包括的に受けることができないか。しかも、長期介護が必要な人々とその家族に、コスト面への不安を伴わない形で……。
増税は、ひとつの手段だろう。しかし、小さな政府を志向するアメリカに、増税を受け入れる余地は少ない。こうしたなかで、サンフランシスコのNPOが開発し、連邦政府に公認され、全米に広がりつつあるのが、PACEプログラムだ。
PACEとは、高齢者包括ケア・プログラムの略である。ここでいう高齢者は、ナーシング・ホームへの入居基準に相当する要介護の健康状態にある、五十五歳以上の人々をさす。包括的といわれるゆえんは、第一次医療から専門医療、在宅ケアからデイケア、病院での診療や入院、移送サービスから処方箋薬の提供まで、長期介護が必要な高齢者が地域で自立して生活していくためのサービスを総合的に提供するからである。
では、コスト面での問題は、どのように解決しているのか。プログラムを受ける人々は、一定額以上の支払は求められない。連邦政府の医療保険と州政府の医療補助の受給者は、自己負担がゼロだ。政府も、利用されたサービスに対する費用を還付するのではない。医療保険と補助から一定額を支給し、財政的なリスクは、プログラムの提供機関が負うというシステムだ。
このようにPACEプログラムは、医療的、非医療的ケアがさまざまな機関によって提供されるのではなく、ひとつのプログラム提供機関に組み込まれている。このため、長期介護が必要な高齢者やその家族は、複数のサービス提供者とそれぞれのサービスの提供の方法や時間、支払方法などについて、話し合う必要がなく、医療サービスの細分化による負荷を軽減できる。
高齢化の進展と人々の状況
PACEプログラムの誕生と発展、利用者、また、どのような成果や意義が明らかになってきたのかなどは、次回以降、詳しく検討していく。ここでは、シリーズの第一回の最後として、プログラムの背景にある、アメリカの高齢化社会の進展と高齢者の状況について簡単にみておこう。
最初に紹介したように、アメリカにおける六十五歳以上の人々の数は、現在、三千六百万人。総人口の一二・六%と、日本の二〇%弱に比べ、低い水準にある。しかし、一九六〇年には、千六百六十万人であり、この間に倍増したことになる。また、八十五歳以上の高齢者に限定すると、一九六〇年の九十万人が二〇〇〇年には四百三十万人と、五倍近くに急増している。
高齢者=長期介護が必要な人々という見方は、正しくない。表1に示したように、六十五歳以上の人々の四分の三は、健康状態が非常に良い、または良いという。だが、八十五歳以上になると、この割合が三分の二に低下する。
高齢者問題は、経済問題と女性問題の側面が強い。経済的では、表2にあるように、七十五歳以上の人々の所得は、年金が大半を占め、税引き後の世帯所得は、平均二万三千ドルにすぎない。女性問題としての側面は、単身世帯の女性の割合の多さにもみることができる。例えば、七十五歳以上の女性の49%は、ひとりで生活している。男性の場合、21%にすぎない。
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