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福祉サービス提供主体としてのNPO
制度化と自律性のアンビバレンス
森川美絵
日本の福祉サービスNPOへの期待と課題
日本では高齢化の進展に伴って「福祉の充実」に対する国民的な合意ができており、望ましい福祉社会のあり方が 多様に模索され ている。このような、福祉社会構想の実現に向けた政策課題として挙げられるのが、NPO(民間非 営利部門)を中心軸の一つに加 えた福祉サービス供給システムの再編成である。

社会福祉サービスの供給システムは、次の4部門によって構成されている。つまり、1)家族(インフォーマル) 部門、2)行政 部門、3)民間営利部門、4)民間非営利部門である。従来の日本では家族部門の比重が非常に高く 、家族部門以外のサービス供給 では行政部門が支配的であった。しかし1990年代以降事態は大きく変化した。政 策理念としても実態としても、従来の2部門に 加え民間営利部門や民間非営利部門が、供給システムの重要な柱とし て新たに台頭してきたのだ。とりわけ福祉の分野では、地域住 民によるボランティア活動、地域の民間非営利組織の サービス活動が、福祉サービス供給システムにおいて重要な役割を果 たすこと が期待されている。家族部門の過重負 担、行政部門の画一的なサービスの非効率性・非効果 性、国家の社会保障費用負担の限界とい った、従来の供給シス テムへの否定的な社会認識が広まるとともに、民間非営利部門は、従来のシステムでは対抗できない部分に対 応可能 で、福祉の厚みを一層増すものとして期待されている。1996(平成8)年版の厚生白書には、「保健福祉の分野 におけ るNPO(非営利組織)をどのように活用するかが課題となっている」と書かれている。

福祉サービス分野における日本の民間非営利活動=NPO活動は、最近になって突如出現した現象ではない。従来 から地道に続け られていたものの、社会的評価という点で、これまで「ひのめ」を見ずにいたに過ぎない。従って、 社会的に注目が集まるようにな ったことは、日本の福祉サービスNPOにとって喜ばしいことであると、とりあえず は言えるだろう。しかし、検討すべき課題も山 積している。「行政とNPOのパートナーシップ」をいかに構築する かという課題は、その中でも非常に重要だ。なぜなら、日本で は福祉サービスの供給に関し、行政部門が強力な権力 を握っており、福祉サービスNPOと行政部門との関係を模索する過程はその まま、「新しい福祉サービス供給シス テム」をつくりだす過程になるからだ。
事例としてのアメリカNPO
このような課題は、NPO先進国であるアメリカにも存在する。私は1996年3月にサンフランシスコで約1ヶ 月間、インター ンとして福祉サービスNPOの実態調査を行う機会を得た。その時の感想だが、「行政とNPOのパ ートナーシップ」の模索という 課題は、深刻な問題として福祉サービスNPOの前に立ちはだかっているように思わ れた。

以下ではサンフランシスコにある2つの福祉サービスNPOの事例について、比較検討を交えて報告してみたい。 ここで取りあげ る2つのNPOは、サービスの内容に関しては「配食サービス」という同内容のサービスを行ってい るが、サービスの対象は異なっ ている(アメリカではNPOが譜沁ャTービス活動を行う場合、サービス対象者の属性 毎に対応するNPOが異なるのが普通であ る)。ここではまず「配食」というサービスについてふれ、その後、2つ のNPOの紹介をしよう。

配食サービスについて

貧困問題の深刻なアメリカでは、生活の前提条件である「食」に対する人々のニーズが大きい。行政側も食事プロ グラムの重要性 を認識している。例えば、高齢者については、連邦政府が定めたOlder Americans Act(OAA)、そし てサンフランシスコ市の高齢者 委員会(COA:Commission on the Aging)の策定した5ヶ年計画で、食事サービス プログラムが優先すべきサービス項目のなかに 挙げられている。またAIDS患者については、連邦政府が1990 年に法令として包括的な支援内容を打ち出しているが (C.A.R.E.:Federal Ryan White Comprehesive AIDS Resource Emergency Act of 1990)、ここでも食事サービスの充実が 重要な支援策とされている。このように、連 邦政府レベルの法令や州・地方政府レベルでの政策で、食事プログラムは福祉サービス において主要な位置を占めて いるのだ。そのような状況を反映し、NPOによる食事サービスも活発で、貧困者・ホームレス・高齢 者・AIDS 患者、その他様々な対象へのサービス活動が行われいる。

食事サービスのスタイルは2種類ある。ひとつは(1)決まった場所での会食サービス(congregate meal services )、もうひとつ は(2)家庭への配食サービス(home delivery meal services)である。配食サービスは何らかの事情 で外出が困難な人に対して実施さ れており、具体的には体力の低下した高齢者や重度のAIDS患者などが主なサー ビスの受け手だ。高齢者・AIDS患者は病弱で あると同時に貧困に陥っている場合が多く、彼らへの配食サービス は必要性が非常に高いと言えよう。

事例の紹介に移ろう。一つは、ミールズ・オン・ウィールズ・オブ・サンフランシスコ(MEALS ON WHEELS OF SAN FRANCISCO,Inc.)というNPOで、高齢者への配食サービスを行っている。もうひとつはプロジェクト・オー プン・ハンド (PROJECT OPEN HAND)というNPOで、AIDS患者を対象にサービスを実施している。これらは、 高齢者、AIDS患者に配 食サービスを行うNPOの中ではそれぞれ、サービスの供給量 ・予算規模や実績等におい て、サンフランシスコ地域随一の地位にあ る大組織である。

ミールズ・オン・ウィールズ・オブ・サンフランシスコ

ミールズ・オン・ウィールズ・オブ・サンフランシスコ(以下MOW)は1970年に活動を開始した。1995年度 のMOWが出し ているパンフレットによれば、組織の活動理念(ミッション)は、「サンフランシスコの外出困難な (homebound)高齢の居住者 に対し、彼らの不適当な施設収容(institutionalization)を防ぐために、必要とされ る栄養ある食事を供給・配達すること」であ る。

MOWのそもそもの始まりは、少数の近隣ボランティア・グループが、からだの弱いお年寄りの家庭に食事を届け ていたことにあ った。彼らのサービスに対する社会的なニーズは大きく、それに応えるかたちで活動規模も徐々に拡 大してきた。1995年度のサ ービス量は、サンフランシスコ市内および周辺で1500人の高齢者に対し、毎日お よそ1200食の食事を配達している。また、 近年には会食型のサービスも開始し、現在ではソーシャルワーカーに よるケースマネージメント、栄養士による食事栄養相談など、 複数の高齢者向けサービスを用意している。MOWの 食事配達プログラムの特徴は、1日2食の配送、多様な調理方法(作りたて・ 冷凍・半冷凍)、個人の体調に合ったメ ニュー(ダイエット・糖尿病・高血圧等)といった点にある。特に1日2食の配送について は、実施しているのはサン フランシスコ市内のNPOではMOWのみで、市民や行政から高い評価を受けている。1週間に平均して 75件のサ ービス依頼があるというからも、MOWの食事配達プログラムの人気が伺える。  これらの膨大なサービス活動や組織 運営を支えているのは、専従の運転手、ソーシャルワーカー、事務局職員等を はじめとする「 」人の有給スタッフ、そして約「  」人のボランティアによる年間延べ「 」時間に及ぶ活動、そ して年間3億円(270万ドル)に及ぶ活動資金である(金額は1 995年度のもの)。

プロジェクト・オープン・ハンド

プロジェクト・オープン・ハンド(以下POH)は、AIDS感染者の栄養に対するニーズにグラスルーツレベルで 応えたアメリ カで最初のNPOである。その活動理念(ミッション)は「AIDS感染者に愛を込めた食事を提供す ること」となっている。

1985年に、1人の女性が自宅のキッチンを拠点にして、数人のAIDS患者に対する食事の提供活動を開始し た。以来hアの 10年間で急速に活動は拡大した。1995年現在では、有給スタッフからなる事務局によって組織運 営がなされ、POH専用キッ チンで1日に約1500食の食事が調理され、大勢のボランティアによって、サンフラ ンシスコ市内及び周辺地域(ベイ・エリア) のAIDS感染者の元に、1日1回食事が運ばれている。通 常メニュー の他、特別メニューとして多様な調理・調味方法でつくられ る食事が提供される。配食サービスの他に、POH経営 のフードバンクを使った食料品配達・食料販売も行われている。約120人 の有給スタッフ、約1200人のボラン ティア、そして7億円あまりの資金(1995年度予算)が活動を支えている。
行政との関係
それでは、「NPOと行政との関係」という側面 で、MOWとPOHの間には、どのような共通点や相違点がみら れたのだろう か。

共通点について。まず、両者とも活動資金の一部を行政機関からのお金で賄っている。さらに行政機関とのつなが り方でも共通し ている。つまり、政府・行政からの資金を、両者とも「行政機関との契約関係」によって得ていた。

しかし、もう少し深く行政との関係を見た場合、以下の3点に大きな違いがみられた。第1点目は「行政資金への 依存度」、第2 点目は「政府資金の流れと会計処理方法」、第3点目が「行政側の窓口担当職員との関係」だ。

その1:行政資金への依存度

MOWの1994-5会計年度の決算を見ると、1994-5会計年度の全収入(約270万ドル)のうち、約7割(約170万ド ル)が政 府・行政からの資金で占めている。これらの資金の大部分(155万ドル)は配食サービスに向けられており 、この金額は配食サービ スの経費総額(約200万ドル)の4分の3にあたる。MOWはサービス・プログラム全般 に おいて、とりわけ配食サービスというプ ログラムに関しては、政府・行政からの資金に大きく依存した活動・運営を 行っていると言えるだろう。

その一方、POHの政府資金との関わり方は、MOWとは対照的だ。POHの1994-5年度の決算を見ると、全収入 (約700万ド ル)に占める政府・行政からの援助金の割合は、4分の1未満(160万ドル)にとどまっている。また、 援助金の使途は、サービス プログラムの経費総額(約510万ドル)の約3分の1弱を補うにとどまっている。以上か ら、POHはMOWと対照的に、政府・行 政資金からかなり独立した事業・組織運営を行っていると推測できる。

その2:行政資金の流れと会計処理方法

まずは、行政資金の流れ、つまり資金の受け渡しに関係する行政機関について。

MOWはサンフランシスコ市(City)と契約を結んでいる。資金は、その契約に直接関係する政府機関である 市の高齢者委員 会(COA)から一括して、MOWに支払われる。COAによって管理されている資金は、連邦政府の 高齢者支援法(OLDER AMERICANS ACT)に基づいた補助金、州及び市政府の一般 補助金(general fund)、市の駐車 課税からの積み立て金といった、複 数の政府・行政からの補助金だ。また補助金とは別に、農業省(?SDA)から、 1食配達につき56セントの還付金を受けている が、これもCOAを通 じて還付される。

一方POHは、サンフランシスコ市(City)と契約関係にある。その契約に従って、AIDS患者支援に関す る連邦政府の法 令(Federal Ryan White Comprehensive AIDS Resource Emergency Act of 1990)に基づいて 出される補助金を、市の保健省 (Department of Public Health)を経由して受けとっている。以前は市から出され る一般補助金(general fund)を、政府資金と して受領していた。しかし、1994年度に市からの一般 補助金の受領を 取りやめ、政府からの資金源は連邦政府からの補助金のみに 切り替えた。

次に、会計処理方法について。政府の資金を獲得する場合、その資金に関する会計処理・ペーパーワークの煩わし さについては、 日本・アメリカ両国に共通する一般的な認識である。しかし、そのような会計上の面 倒も、契約資金 を処理する会計上の単位によっ て、随分と差が出てくる。MOWとPOHにも会計上の単位 差があった。しかも興味 深いのは、その差によって、MOWとPOHの なかに政府資金処理に対しての異なったイメージができあがった、と いうことだ。

MOWが契約に従って採用している政府資金の会計処理方法は、「ライン・アイテム(line item)」という方式 である。つまり、 政府資金の計算・処理は、材料費・輸送費・人件費といった各アイテム(内訳)毎に行われている。 このような「ライン・アイテム (line item)」による会計処理について、MOWの経理責任者ゲイル・トキ( Ms.Gail Toki, Financial Manager)さんは、次のよう な感想をこぼしていた。「ライン・アイテムの処理方法は、 非常に面倒なペーパーワークです。資金提供機関の高齢者委員会(CO A)には月例会計報告の提出を義務づけられ ているのですが、その準備をするために、莫大な時間と手間を割かねばならないのであ す。そのため、一般向けの年 次会計報告をつくる余裕もありません。」

一方、POHが採用しているのは「フィー・フォー・サービス(fee for service)」といって、1食のサービス 配送に必要な諸経 費(材料費・輸送費・人件費など)をあらかじめ一定額に設定して会計処理を行うものだ。契約し たサービス量分だけ行政側は経費 を払えばよく、NPOも資金をアイテム毎に縦割りで算出し会計報告する手間が省 ける。例えば、1994-5会計年度、POHは配食 サービスに関して139,245食のサービス提供を政府と契約した。契約 では1食につき$6.50の経費を算出しており、予算の計上さ れ方は、次のように非常に単純だ。 $6.50 a meal ×139,245 meals delivered in a 12 month period   $905,090  「フィ ー・フォー・サービス(fee for service)」方式だと契約の交渉もスムーズで、かつ契約した後の報告に 投入する労力も「ライン・ アイテム(line item)」方式に比べかなり抑えられるというのが、POHの行政関係を 担当するイリグさん(Mr. James Illig, Director of Government Relations,)にインタビューした時の話だ。 もはや「政府資金」は、「会計処理に手間のかかる面 倒なモ ノ」、政府以外の資金と異なる「特別な資金」なモノ」 ではないのだ。

その3:直接担当行政職員との関係NPO

ここでの直接担当職員とは、「NPOにとって、政府との関係の窓口になる政府もしくは行政機関の職員」のこと だ。政府・行政 資金をめぐる金銭的な実務レベルと、それ以外のレベルとで、担当職員の果 たしている役割やNPO に対する関係の持ち方を見てい こう。

MOWが直接関る行政側の職員は、市長直轄の機関であるサンフランシスコ市高齢者委員会(COA)のプログラ ム・アナリスト と、食事(nutrition)アナリストの2人である。プログラム・アナリストは資金に直接関る手続き について担当し、食事アナリスト は食事サービスの監督と技術的アドバイスを行っている。高齢者委員会(COA) でのインタビューによると、食事サービスの監督 としては、定期的な栄養成分の分析・温度管理、抜きうちの工場監 察などがある。MOWは高齢者委員会(COA)との契約で、食 事のカロリー・ビタミン・塩分といった栄養成分を 毎日記録すること、そして調理食に対する毎日3回の検温とその記録を義務づけ られており、食事アナリストはその 監督を行うのである。また、技術的なアドバイスとして、会食型食事サービスのメニューの改善 方法の協議を行って いるとのことだ。

他方、POHに対する直接担当職員は、エイズ・オフィスのヘルス・サービス局の契約担当者(contract manager )だ。エイ ズ・オフィスは市長の直轄機関ではなく、サンフランシスコ市保健省(Department of Public Health) の所属である。契約担当者 の仕事は、契約資金に直接関係する部分についての関りに限定されている。仕事は主とし て2つある。一つは契約資金が契約通りに 使われているかどうか監査(monitoring)することで、もう一つは、年ご との契約更新手続きに関する仕事である。

ここで書いてきたNPOと直接担当行政職員との関係は、言ってみればNPOの活動・運営に、どの程度直接的に 行政が口出し (?)しているのか、ということをあらわしている。MOWについては、行政の担当者が「協議」とい う名のもと、MOWの活動指 針・サービス内容といった政策決定的な部分にまで深く立ち入っている。その一方、P OHについては「見守り」に徹している。P OHの担当職員がインタビューで「just monitoring」と断言したのが 印象深かった。
違いはなぜ作られる?
以上、行政・政府との契約関係に見られた3つの差異についてみてきた。ここでは、同じ配食というサービスを行 っているMOW とPOHとで、何故このような差異ができたのか考えてみよう。

結論を先に言ってしまえば、そのような違いを生み出す原因には次の2つだ。 第1の原因は、2つのNPOが関わった行政機関 は、それぞれ異なる行政機構に所属し、異なる法令を根拠に活動し ていることだ。第2の原因は、NPO側の、行政機関にたいする 働きかけ方が違うことだ。

原因その1:関わる行政機構の違い

第1の原因について。

2つのNPOのサービス活動は、「独立生活の困難な在宅者に対する配食サービス」という点では同じである。し かし各NPO (のサービス活動)が関る行政機構は大きく異なっている。というのも、連邦政府および地方政府は高 齢者とAIDS感染者それぞ れに対して総合的な支援政策を持っており、それに従って現場レベルのサービス供給に 関h樣行政機構も編成されるからである。

連邦政府は、援助のあり方を規定する法令を、高齢者・AIDS感染者のそれぞれに対して制定している。高齢者 にはO.A.A. (Older Americans Act)、AIDS患者にはC.A.R.E.(Federal Ryan White Comprehensive AID S Resource Emergency Act of 1990)という法令が連邦政府から出されているのだ。各法令は栄養プログラム( nutrition program)を重要な援助プログラ ムに位置づけ、配食サービスはその一部とされている。連邦政府の定め た法令のガイドラインに従って、地方政府は施策を講じるこ とになり、実際に市や郡のレベルで、高齢者とAIDS 患者それぞれについて、施策を実行するための、一連の行政機構が整えられ るのである。

NPOの関係する行政機構が異なれば、行政との関係づくりの窓口となる行政機関のあり方も異なってくる。それ は、窓口行政機 関の与えられている権限・役割の違い、ということになるだろうか。

高齢者に関しては、市や郡ごとに設置される高齢者委員会が、市・郡内の高齢者援助施策を一括して行う。サンフ ランシスコの場 合もサンフランシスコ高齢者委員会(COA)がサンフランシスコ市長の直轄機関として設置され、 5年ごとに策定する高齢者支援 の総合地域計画に基づき、サービス供給の調整をはかっている。民間とのサービス契 約に関し、サンフランシスコではCOAが全て の権限を握っている。高齢者の援助サービスを行うNPOが政府と契 約を結んで資金を得る場合、NPOは常にCOAを通じて契約 をすることになる。従って、COAとの「よい関係」 づくりがNPO運営の上でも非常に重要になる。そして、COAは契約に関す る権限の全てを握っているから、契約 先のNPOにたいしても非常に強い権限・影響を及ぼすことができるというわけだ。 一方エ イズ患者については、総合的な施策は市の保健省(Department Public Health)によってなされる。担当機 関となっているのは省内 部に設置されているエイズ・オフィスだ。しかもNPOと政府との契約関係は、実際にはN POとエイズ・オフィスの支局(予防サ ービス局、健康サービス局)との関係を通 じて形成される。また、確かにエ イズ患者支援施策に関わる委員会も存在するにはする (Health Commission)が、これはサンフランシスコ市の保健 省に所属する一機関であり、通 常の縦割りの(?)行政機構の一部で ある。また、この委員会はAIDS患者への政 策に特化した機関でもなければ、施策に関する全ての権限が委員会に集中しているわ けでもない。その点で、市長直 轄の独立機関として、高齢者支援策を一括して担当し、大きな権限を与えられている高齢者委員会 (COA)とは事 情が異なっている。高齢者への配食サービスに関しては、窓口行政機関の権力が相当強く、NPOの活動も全般 に わ たり行政から拘束を非常に強く受けている。これに対し、エイズ患者への配食サービスの場合、窓口行政機関は縦割 り行政の末 端(?)で、NPOとの関係も、金銭契約という限定された範囲を扱うにとどまっている。窓口行政機関 は、金銭面以外に、NPO の活動内容に微細に口出しするつもりもなさそうだったが、そのような権限はそもそも持 っていないのだ。

このように、NPOが高齢者、エイズ患者それぞれにサービスをしようとすれば、そして資金を政府・行政機関から ある程度もらお うとするなら、高齢者・エイズ患者それぞれの担当にあたっている別 々の行政機構と関係することに なる。それぞれの行政機構の編 成がことなっていれば、NPOとの関係の持ち方も当然変わってくる。同じ配食サー ビスを行うとはいえ、NPOの活動の自由さ・ 窮屈さは、関係先の行政機関のあり方によってずいぶん違ってくるこ とになるのだ。

原因その2:NPO側の行政機関に対する姿勢

しかし、だからといって、NPOのサービス活動のあり方が、関係先の行政機関によって一方的に決定されしまう わけではない。サ ービスの対象(高齢者、エイズ患者)の違いによってある程度決められてしまった行政との関係の あり方の中で、いかにNPOの側 から主体的・積極的に行政との関係をつくりあげようとするかが重要ではないだろ うか。1)そもそもNPOが「対等な関係」を行 政と持とうとしているか、2)そして、そのような関係を自分たち で「積極的に作り出そう」としているかどうか、といった点に注 目する必要があるだろう。

まず、1)そもそもNPOが「対等な関係」を行政と持とうとしているか、という点について。これは「行政への 依存」をNPOが どのように考えているのか、という問題に置き換えられるだろう。

NPOが福祉サービス活動をする場合、十分な活動資金を得ることは結構難しい。したがって、行政からの資金援 助は非常に魅力的 ではある。しかし、そこで行政からの資金にべったり依存すると、それだけ行政による「しばり」 も強くなるわけだ。高齢者への配 食サービスを行っているMOWは、活動資金の7割を行政からの資金でまかなって いる。しかも、資金を確保する場合、「何はとも あれまずは行政資金をあてにする」という姿勢が強い。これは、M OWに資金を提供している行政機関(高齢者 委員会)の担当者 が指摘したことだ。「まずは行政に」という態度を持つということは、行政によるNPO活動への 口出し・拘束をNPOが進んで容 認する、ということにもつながってしまうだろう。そんな中で、「行政から課され る義務がわずらわしい」とぼやいても、「行政に 頼り切っているのだから仕方がない」と行政側に反論されるだけで はないだろうか。行政機関からの資金援助は年々抑制傾向にある というから、MOWも今後は「自前の活動資金」づ くりを積極的にする必要が出てくるかもしれない。 その一方、エイズ患者への 配食サービスを行っているPOHは、行政資金に頼るといってもその範囲を全体予算の4 分の1程度にとどめている。このような態 度を維持することいよって、金銭面 以外の関係も含め、行政に対して「強 い態度で交渉に臨む」ことを可能にしているようだ。 「行政からの資金は確かにあるにこしたことはない。しかし、例えなくなっても、われわれは十分に活動をしていけ る。そのため に、あらゆる手段で活動資金を集める努力をしている。」…POHの行政関係担当者であるイリグさん は、このように話している。 そして、関係先の行政機関であるエイズ・オフィスも、「政府・行政以外の資金源を開 拓している」という点でPOHを高く評価し ている。

次に、2)対等な関係を自分たちで「積極的に作り出そう」としているかどうか、といった点について。これは、 行政との契約内容 を所与とするか、関係改革への意気込みがあるかということで、「契約に対する主体性の度合い」 とでも言おうか。 高齢者へのサービスをしているMOWについては、インタビューをした際、政府との契約に伴う煩わしさがかなり強 調された。しか し、新たな関係を自らつくる、ということに関してのコメントは、インタビューで聞かれなかった。 「行政側も我々の活動を理解し てくれている」といった言葉には、行政との関係を現状維持的に、受け身に捉えてし まっているMOW側の姿勢が感じられる。 エイズ患者へのサービスをしているPOHについては、行政との関係づくりを積極的に展開している好例だ。 以前は 「資金獲得部 門」の担当者が行政との関係の調整をはかっていた。そのために、行政との関係づくりに十分な手が回 らず、関係もこじれていたそ うだ。そのような関係を改善するために、POHは1993年に、新たに行政関係を専 門に担当する役職(Director of Government Relations)設置した。それ以来、新しい行政資金の契約方式・会計 処理方式(フィー・フォー・サービス(fee for service)方式)の提案をPOHから提示したりして、行政関係も 改善されたのだそうだ。

ここで重要なのは、POHは新しい会計処理方式である「フィー・フォー・サービス(fee for service)方式」 を、はじめから採 用していたわけではない、ということだ。最初はMOWと同様、「ライン・アイテム(line item )」方式で処理を行っていた。行政 関係専門の役職を1993年につくり、担当となったジムさんが、従来の「ライ ン・アイテム(line item)」方式による会計処理の 煩わしさを何とか少なくするために、独自につくり出した会計 処理方法が、「フィー・フォー・サービス(fee for service)」方式 であったのだ。サンフランシスコ市との契約 では、既にこの新しい会計方法が行政側にも認められている。しかし、同じくPOHが サービスを行っているアラメ ダ郡(サンフランシスコ市の隣接地)では、まだこの方法を行政側が認めておらず、現在も交渉中との ことだ。
NPOと行政のパートナーシップ---制度化と自律性のアンビバレンス
これまで2つのNPOを事例に、NPOと行政との関係をみてきた。これを「パートナーシップ」という面 からま とめてみよう。

資金源としての行政

社会福祉サービスの供給システムに関して言えば、アメリカのNPOは社会福祉サービスの提供主体として行政機 関の「補完」以 上の役割を担っている。政府はNPOの活動を行政サービスの代替とみなし、NPOと「契約」を結 ぶこともある。政府側からする と、NPOを行政の「代替」機関とすることで、行政は市民にたいする社会福祉の提 供という義務・責任を果たしていることにな る。  ところがNPO側からすると、NPOはあくまで民間の事業体である。「アメリカ社会の福祉ニーズの充足」とい う点で、 いくらNPOが「行政の代替」的機能を果たすとしても、政府はNPOの肢幕ニ活動の貴重な「資金源」にす ぎない。NPOにとっ ては、政府から出される補助金は、「事業活動の資金である事」において、個人の寄付・財団 の助成金等と同じ意味を持つにすぎな い。政府が「契約先」になるのは、政府からサービス活動の資金(補助金)を 獲得するのに契約が必要となるからである。契約は、 それ自体が目的ではなく、「資金獲得」という目的のための手 段である。結局NPOと行政との実体的な関係は、政府からの補助金 を介した「金銭的関係」であると、ひとまずは 言える。

NPOの「制度化」

そうは言っても、NPOと行政との補助金を介した関係は、単なる「金銭処理上の」関係ではない。つまり、NP Oにとって政府 は「複数の資金供給源のひとつ」であると同時に、法・行政制度に支えられた公的権力を有する機関 として存在する。政府と契約関 係を結ぶことは、行政機関・法といった一連の公権力の支配する制度の枠にNPOの 活動が強く規制されること---「制度化」---を 意味するのだ。

このような議論は、日本でも盛んに議論されている。そこでの議論は、「行政と関係を持つと、資金だけでなく人 もついてくる」 とか、「非公式な目に見えないしがらみがある」という内容が一般 的であるように思われる。そして 、その対照的な例として、「ア メリカのNPOの自由・自立的な活動」が持ち出されることもしばしばだ。しかし、 「社会福祉サービス」の部門についてみれば、 アメリカのNPO活動についてのそのようなステレオタイプ化された 言説は、完全に的外れである。それは、ここで扱った事例から も明らかだ。行政機関による、契約先のNPOのサー ビス供給に対する監査・規制は、時として、「アメリカのNPOの自由な活 動」というイメージからかけ離れた厳し いものとなっている。アメリカのNPOこそ、現在「制度化」という事実に直面 しているの である。

無論、NPOには行政機関・政府と契約を結ばない、補助金を一切受けないという選択肢も用意されている。その 場合には、行政 関係に伴う「しがらみ」もかなりの程度緩和されるだろう。しかし、NPOはサービス事業体・組織 経営体として絶え間のない資金 調達努力を課されている。そして現状では、政府・行政機関はNPOにとって、「魅 力的な」「無視できない」資金提供機関なので ある。実際、社会福祉サービス部門では、多くのNPOが活動資金の 大半を行政に依存している、という調査結果も報告されてい る。とすると、やはり政府および行政機関とNPOとの 関係から生じるNPOの「制度化」は、サービスの事業主体であろうとする NPOにとって、避けては通れない局面になるのである。

基本姿勢としての「契約」

しかし、ここで注意すべきなのは、政府資金を媒介にしたNPOと行政との関係は、あくまで「契約」に基づいた 関係であるとい うことだ。契約関係において政府がNPOに対して強い規制力を行使したとしても、それは合意され た契約に含まれる、正当性を付 与された関係なのである。MOWとCOAとの関係はそのよい例である。むやみやた らなNPO活動に対する政府の干渉ではない。 MOWは一つの公益事業を経営する法人として、自らのビジネスの為 に政府との契約に合意しているのである。政府資金についてま わる煩わしさに不満をもらしつつも、「我々スタッフ は政府に雇われているのではない。MOWは企業体なのだ。」と言い切るMO Wの経理担当者の態度にも、アメリカ のNPOに浸透した経営と契約の思想を見てとれる。この思想が、NPOと行政との関係の基 礎にある。

戦略的な行政関係づくりに向け

NPOが組織として成長する為には、サービス内容(活動理念。ミッション。)と活動の対象(ターゲット)を明 確にすることは 肝心である。それが、資金提供先の的を絞ることにつながり、外部からの活動運営資金を獲得するの に有効だからだ。しかし、そう であるが故に生じるマイナスの状況もある。つまり、ミッションとターゲットが限定 的であるが故に、NPOを取り巻く制度的枠組 み、即ち関係すべき政府・行政機関が、NPO側が好むと好まざると あらかじめ決まってしまう。例えば、MOWには、連邦・州・ 市政府の高齢者支援政策の枠組みがあてがわれ、PO HはAIDSに関する一連の行政機関・法と対峙することになる。各々の行政 機関は、機関内の部門配置・権限配分 など、それぞれ構造を異にしているのだ。

このような状況で、NPO側が考えなくてはならないことは、次のことであるように思う。つまり、NPOがミッ ションとターゲ ットを明確にするが故に生じる所与的な政府・行政関係の枠組みの中で、NPO自身が組織としての 主体性をいかに確保していく か、といういうことだ。そのためにNPOが採りうる方策について、これまでの事例を ヒントに、とりあえず以下の2点を提言とし て挙げておこう。

まず第1点は、1)契約関係による原則的な主体性の確保、である。意識の上だけでなく、実際の関係の取り結び かたとして「契 約」という方式を採択することによって、行政の権限の範囲やNPOの義務や裁量 の範囲が明確にな るのではなかろうか。これはM OWの場合にも、POHの場合にも採用されていた。ここで重要になるのが、「契約 」の内容である。契約の内容が「パートナーシ ップ」と言えるようものであってこそ、「契約」と「NPOの主体性 ・自律性の確保」がリンクするのだ。

従って、第2点目の提言は、2)戦略的な交渉、ということになる。これは交渉先の行政機関の権力の大小にも左 右されるが、一 定の制度的枠組みの中で、少しずつ自らに都合の良い道を見出すことが望まれる。その際、交渉相手 の行政側にとってもメリットと なる道を見つけることが肝心だ。補助金の経理計算の方式として「Line Item 方式」 を開発し、行政にもそのメリットを納得させた というPOHのあり方は、まさに戦略的な交渉を実践による「行政と のパートナーシップ」の構築と言えるだろう。
終わりに:日本をふり返って
これまで、アメリカの事例についての書いてきた。これらを踏まえて日本をふり返ってみると、どのようなことが 言えるだろうか。 日本の福祉サービスNPOと行政との関係について、その検討課題を簡単に示してみたい。

まず第第1の検討課題は、そもそも日本の福祉行政は、NPOとの「契約」にもとづいたパートナーシップを組も うとしているの か、ということだ。NPOと行政との「パートナーシップ」ということが盛んに主張されるけれど、 果たして行政は、アメリカの事 例でみたような「契約」概念に基づく対等な関係づくりを目指しているのだろうか。

そして、第2の課題は、「契約」に値する力量が、福祉サービスNPOの側にあるか、ということだ。日本の福祉 サービスNPO で、「我々のがんばりを行政が認めてくれるようになった」とか、「行政からのサービス委託を受け ることができた」という意見を 時々耳にする。確かにこれまで認められなかった活動に行政が注目するようになった のは望ましいことかもしれないし、「関係をむ すぶ相手」としてNPOを認めるようになったことも「無視」される よりはいい。しかし、「認めてもらう」とか「仕事を受ける」 というのは、受け身な姿勢のままで行政との関係を捉 えていることになる。「契約」という対等な関係を結ぶには、行政との駆け引 きも必要になってくる。その時、単に 行政に要求を突きつけるだけでは不十分だ。行政にもNP行政にもNPOの側にも効果 をもた らすような関係のとり結び方を、N POの側から自発的、かつ具体的に行政に示していく必要があるのではないか。POHが補助金 の計算方法を、その メリットも含めて行政に示したように---。

日本とアメリカの福祉サービスNPOとでは、それらを取り巻く環境は、随分異なっている。だから、アメリカの 事例を日本にそ のまま持ち込んで議論しても、日本の実情からかけ離れた議論になってしまうかもしれない。しかし 、その上で、次のことは確認で きたのではないか。それは、アメリカのNPOに対して私たちが抱いている「自由で 自律的」という通念めいたものは、決してアメ リカのNPOの一般 的性質ではない、ということだ。そして、そのよ う自律性を獲得するためには、アメリカのNPOは、非常に苦 労し、工夫をかさね、絶えざる努力をせねばならない 、ということなのだ。そして、実際の行政との関係からみてとれるNPO側の 苦労・努力・工夫、そして基本的姿勢 は、日本のNPOの現状や、現在つくられつつある「行政とNPOとのパートナーシップ」を 見直す材料として、十 分に有効ではなかろうか。
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