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アメリカの子ども社会とNPO
家庭崩壊と貧困、混乱する学校のなかで
日本太平洋資料ネットワーク
理事長 柏木 宏
ブレイディー・バンチ。

私が初めて渡米した頃、人気があったテレビのホームドラマだ。仲睦まじい夫婦と四人の子どもに、家族同様の家政婦。建築デザ イナーの夫の妻は、専業主婦。なにひとつ不自由のない子ども。当時のアメリカ人の理想的な家庭のイメージがそこにあった。

あれから二〇年。この国は、大きく変貌した。専業主婦ということばが死語になっただけではない。子どものある家庭で夫婦がそ ろっているのは、全米で七四%。首都ワシントンでは四二%と過半数を割っている。貧困家庭(四人家族で年収約二〇〇万円以下) の子どもは子ども全体の二一%、人数にして七一〇万人に及ぶ。

崩壊した家庭のなかで、経済的な貧しさに苛まれる子どもたちは、地域社会や学校においても深刻な状況に陥っている。麻薬、ア ルコール、銃、暴力、犯罪、妊娠、嫌がらせ、いじめ、学力不足、登校拒否、退学……。ブレイディ・バンチでは想像すらできなか った、子どもの世界の現実だ。

「教育委員会や学校は、なにをしているんだ。教師は、どうした。いや、政府がしっかりしなけならない」

日本なら、真っ先にこんな声が聞こえてくるだろう。アメリカも例外ではない。だが、この国では、多くの市民が、自分がなにを なすべきか、なにができるのかを考え、行動している。NPOという場を通 じて……。
マンツーマンで子どもに接するメンター
「片親や再婚の家庭の子どもは、半数に達しています。地域全体でなにかをする、ということも減ってきました。このため、子ど もは、学校が終わると、面倒をみてくれる人がおらず、家族や地域の一員という意識も薄れがちです。こういう子どもたちには、し っかりした大人と遊んだり、話し合ったりできる環境を作ることが大切です」

ビッグ・ブラザース・ビッグ・シスターズ(BBBS)のサンフランシスコ湾東支部のカーティス・サリキーさんは、アメリカの子 どもが直面している問題をこう説明した。

メンター。

なんらかの問題をもつ子どもとマンツーマンで遊んだり、相談相手になる大人のことである。今年四月、クリントン大統領らの提 唱で開催された全米ボランティア会議でも、メンターの育成が強調されるなど、子どもの問題と関連して最近、注目されている。 BBBSは、このメンターを斡旋するNPOの老舗的存在だ。二〇世紀の初めに作られた団体だが、湾東支部は今年で創立一〇周年を迎 えたばかりである。

メンターになるのは、もちろん大人だ。とはいえ、給料がでるわけではない。すべてボランティアである。にもかかわらず、湾東 支部では、片親の家庭の七歳から一四歳までの子どもに、三五〇人のメンターを派遣。全米五一五の支部全体では、二〇万人のメン ターが子どもたちにマンツーマンで接している。

ボランティアとはいえ、メンターになるのは容易ではない。湾東支部は、メンターの希望者を書類や面 接、自宅訪問など三ヵ月の 調査を実施。斡旋された子どもとの間で、万が一にも問題が生じてはならないからだ。メンターは、最低一年間、毎月三〜四回、子 どもの相手をすることが義務づけられる。子どもと信頼関係を築くだけで、数ヵ月かかるのが普通 だ。短期間では、なにもできな い。専門家からトレーニングを受けてメンターになった人々は、平均四年間にわたり、子どもの相手をしているという。

BBBSは、メンターをお兄さん、お姉さんと呼ぶ。相手の子どもは、弟と妹だ。お姉さん役のテレサさんは、約一年間、妹のイェ セニアちゃんと映画をみたり、買物に行ったり、夕食をしたりしている。なにも特別 のことではない。だが、妹にとっては、一緒に いる人ができた意味は大きい。「お姉さんができて、すごく生活が変わりました。いつもそばにいてくれるんですから……」という ことばは、それを物語っている。
学校との連携した活動の試みと困難さ
問題をもつ子どもは、自分から助けを求めてくるわけではない。親やカウンセラーなどの専門家、学校関係者がBBBSにメンター が必要な子どもを紹介してくる。親や学校関係の人が含まれていることは、奇妙に思われるかもしれない。子どものことは親の責 任、教師が面倒をみるべき、というのが多くの日本の人の考え方だからだ。

「親も教師も、子どもの問題に圧倒されています。教師は教えることが本分なので、自分たちだけで問題に解決できるとは思って いません。ですから、私たちのような第三者が援助を申し出ることに対して、好意的です。ただし学校の運営に口をだされたくない という気持ちがあるので、校外でやってもらうことを望むようです」

BBBSのサリキーさんは、アメリカの学校関係者の考え方について、こう語った。

このため、BBBSサンフランシスコ湾東支部のメンター・プログラムに、教師が協力することはない。同様の状況は、他のNPOか らも指摘されている。

「校長先生に理解してもらった後、先生を集めてもらい説明します。先生から問題をもった子どもの親に私たちのことを伝えても らうとともに、親の電話番号をもらいます。そして、親に連絡を取り、子どもをプログラムに参加させるよう働きかけるのです。学 校は協力的ですが、生徒を紹介するだけで、私たちと一緒にやることはありません」

サンフランシスコに近いオークランドにある湾東アジア系児童評議会(EBAYC)のジアンナ・トランさんは、プログラムへの学校 の関わり方をこう説明する。

過去十年でオークランドの公立学校のアジア系の生徒数は、三〇〇〇人から一万三〇〇〇人に急増した。大半は、東南アジアから の難民や移民の子どもだ。EBAYCのプログラムは、小学校六年生から高校卒業までの六年間、カウンセリング、補習授業、文化やス ポーツの活動を通じて、新しい社会に適応させることをめざしている。現在の参加者は、一二〇人。この他、夏休み中の特別 プログ ラムもある。

東南アジアの国のことばを話せる教師は、一握りにすぎない。学校側がEBAYCのプログラムに期待するのは当然かもしれない。と はいえ、BBBSの場合と同様に、学校とEBAYCの間にも溝がある。だが、ここでも変化が生まれている。BBBSのいくつかの支部で は、学校内に事務所を置いて、子どもの相談にのるところもでてきた。補習授業の性格が強いとはいえ、EBAYCをはじめとしたNPO による、放課後の子どもに対する校内でのプログラムも広がってきている。
啓発、研究、ロビーなど多様な取り組み
「私たちは、子どもたちに直接なにかをしているわけではありません」

オークランドで「子どもの主張」という隔月刊のニュースレターを発行している子どものための行動連合(AAC)のフラン・ビー ダーマンさんは、こう述べた。

子どもの問題に取り組んでいるNPOというと、BBBSやEBAYCのように、子どもに援助活動を提供していると思いがちだ。けれど も、AACは、ニュースレターやビデオ、会議などを通じて、子どもの問題を社会に啓発することが目的としている。子どもとの関連 で、家庭内暴力、育児施設、食事と栄養、社会福祉、さらには選挙など多様な問題を扱っている。新学期が始まる九月には、毎年、 教育問題を特集するという。

ニュースレターの発行部数は、一万四〇〇〇部。編集や印刷のコストの大半は、州の教育省からの補助金だ。しかし、論調は、政府 寄りとはいえない面も多い。

「教育省は、私たちのニュースレターを気に入っています。私たちがNPOで、政府とは違った問題の提起の仕方があることを理解 しているのでしょう。また、政府が言い出せないことをいっている、という面 もあると思います」

子どもの問題に関する調査や研究、政策提言、ロビーを行うNPOもある。カリフォルニアとニューヨークを基盤に全米レベルで子 どもの権利擁護運動に取り組んでいるチルドレン・ナオは、そのひとつだ。

「私たちの主な活動は、子どもが置かれている状況に関するさまざまな調査や研究を行い、出版物の形で発表することです。しか し、これに止まらず、政府へのロビー活動も行っています。このため、行政からの補助金などは受けないことにしています」

エイミーさんは、こう語った。

チルドレン・ナオの職員は、二六人。年間予算は、二四〇万ドル。財政的には、助成財団からの助成金を中心に、個人や企業の寄 付に依存している。なぜ、これだけの助成金や寄付が集まるのだろうか。

アメリカには、国民健康保険がないため、健康診断すら受けられない子どもも少なくない。最近の社会福祉法の改定は、この状況 をさらに悪化させることが懸念された。このため、チルドレン・ナオをはじめとした子どもの権利擁護団体は、積極的なロビーを展 開、保険のない子どもにも、健康診断が受けられるようになったという。政策提言やロビーが単なる掛け声ではなく、こうした具体 的な成果になっていることが、団体への財政的な援助となって返ってくるのだろう。



NPOは、しばしば隙間産業といわれる。行政や企業が満たせない社会的ニーズの隙間を埋めるからである。子どもの問題に取り組 むNPOも例外ではない。これまでの例が示しているように、それぞれのNPOは、隙間を事業に転化して、問題の解決の一助を担って いる。

大きな政府の時代は終わったといったのは、クリントン大統領だ。日本でも、政府と企業だけの時代は終わった、という認識が広 がっている。子どもの問題についても、学校だけで解決できるとみなす人はいないだろう。問題の内容を個別 にわけて、援助活動を 提供しているNPO。問題を分析し、人々を啓発したり、政府への働きかけを通 じて解決をめざすNPO。

さまざまなNPOがある。ひとつひとつは小さい。しかし、問題解決へ向けた多様な取り組みのどれかが、それぞれ異なった問題を 抱える子どものニーズに一致するに違いない。NPOの時代とは、こうした個別 のニーズを真剣に取り上げ、自主的に解決を図ってい くシステムとプロセスに他ならないのではないだろうか。
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