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アメリカにおけるNPOと行政のパートナーシップ
柏木 宏
秋山愛子
はじめに
自民、社民、さきがけの与党三党のNPOプロジェクト・チームは、 2月 1日、1996年に入って初めての会議を開き、NPO法に 関する与党案の骨子試案について合意した。この合意に基づき、法案が作成され、国会に提出される見込みだ。解散がなければ、 6 月までの通常国会で市民活動推進法(仮称)が成立する可能性が高いといわれている。公共的なサービスの提供に関して、行政主導 型の社会であった日本にも、NPOの推進という形で、民間あるいは市民レベルの活力に期待ないしは一定程度依存する状況が生ま れようとしているといってもいいだろう。

この新たな状況のなかで、NPOと行政のあり方が問われている。公共的なサービスとは何なのか、NPOと行政の分業あるいはそ れぞれが担うべき領域はどこなのか、両者の関係はどのようにあるべきなのかなどといった点がこれである。行政主導型の社会であ った日本において、これらの点について適切なモデルになるような経験は、十分に蓄積されているとはいいがたい。 このような認識にたち、公共的なサービスの提供にあたり、NPOが重要な役割をはたしているアメリカの歴史や現状を分析するこ とを通じて、日本におけるNPOと行政の関係のあり方に対する検討材料を提供するという意図に基づき、今回の調査は実施されて いる。調査にあたっては、東京ならびに米国現地の研究チームが全体のフレームワークを決定したのち、総論の部分に関しては文献 調査、ケーススタディに関しては現地におけるヒアリングを中心として資料や情報を収集し、報告書を作成するという形態を取っ た。
I. 総論
1)NPOの組織形態の分類

NPOは極めて多様な形態をとっている。このため、どのように分類し、整理するかについて、さまざまな試みが行われている。こ こでは、ヘンリー・ハンズマンが「非営利組織の経済理論」と題する論文のなかで分類した 4つのパターンを紹介しよう。以下の表 1のように、団体の収入源を寄付型と事業型に分け、団体の管理形態を相互扶助型と請負型に分けたものだ。
表1 NPOの 4類型
相互扶助型 請負型
寄付型 Common Cause March of Dime
National Audubon Society Art Museums
Political clubs CARE
事業型 Consumer Union National Geographic Society
Country clubs Hospitals
American Automobile Ass. Educational Testing Service
(出典)"The Nonprofit Sector: A Reserch Handobook", Edited by Walter W. Powell, Yale University Press, New Heaven and London, 1987, p.28


寄付型(Donative)は収入が寄付(助成金や政府の補助金などを含む)に依存しているNPOであるのに対して、事業型 (Commercial)は料金収入を中心とした財源によって成り立っている。相互扶助型(Mutual)と請負型(Entrepreneurial) の区 別は、団体の運営者である理事をだれが選ぶかという観点に基づいたものだ。相互扶助型の場合は会員によって選出されるが、請負 型のNPOは理事会内部で選ぶ組織を意味している。

ただし、アメリカでは、NPOの理事を会員が選ぶというケースは少ない。むしろ、コンスティテューエンシー(サービスの受益 者)をどれだけ反映しているかが理事会の性格を決定する要因と考えられていることを指摘しておきたい。また、この分類は、ハン ズマン自身も認めているように、あくまで理念的な形態であり、現実のNPOの多くは、グレーラインのなかで存在している。 今回の調査のケーススタディのコア団体は、社会福祉とコミュニティ・ディベロップメント(まちづくり)という事業対象を念頭に 置き、ふたつのNPOを取り上げた。Center for Independent Living (CIL)とAsian Neighborhood Design (AND)であ る。ハンズマンの類型に基づけば、CILは、寄付型兼相互扶助型といえる。年間予算の75%を行政からの助成金でまかない、運営 責任者の理事はCILを支援する会員の選挙によって毎年選ばれるという形をとっているからだ。ANDは、事業型兼請負型といえ る。低所得者向け住宅(以下、アフォーダブル・ハウジング)の建設や建築デザイン、管理運営などを事業化しているのは、サービ スの受益者ではなく、アジア系の建築関係の専門家を中心にした人々であるからだ。

2)NPOと行政の関係の歴史

アメリカにおけるNPOと行政の関係は、植民地時代にまでさかのぼることができる。ハーバードやイエール大学への植民地政府の 援助がそのひとつだ。19世紀に入ると、病院や生活困窮者への支援活動団体などへの行政の資金援助が目立つようになった。とはい え1930年代のニューディール時代までは、小さな政府の枠組みのなかで限られた数のNPOに支援をしてきたにすぎない。

ニューディール以降、NPOと行政の双方が拡大するという傾向が生じた。1936年には82億2800万ドルにすぎなかった政府支出 は、戦時体制の影響もあり45年には 927億1200万ドルへと10倍以上に増加。戦後、急減したものの、1960には 921億9100万ド ルと45年水準に回復したのち、70年には1956億4900万ドル、80年には5909億2000万ドル、90年には 1兆2517億7600万ドル へと増大した。また、NPOに関していえば、1940年には 1万2500団体にすぎなかったものの、50年には 5万、67年には30万、 77年には79万、89年にはほぼ 100万団体と、過去40年間で80倍にも増加している。

NPOと行政が拡大するなかで、両者の関係は、二重の側面があらわれた。ひとつは、行政によるNPOへの監視、規制の強化であ る。1954年、下院特別委員会は、税制優遇を受けている助成財団や慈善団体への調査を実施。1965年になると、財務省は、助成財 団に対する規制勧告を発表した。さらに、1973年には、議会と財務省が助成財団をはじめとしたNPOに関する調査を行うため、 委員会(通称、ファイラー委員会)を設置した。同委員会は、1977年、報告書を発表、イギリスの慈善委員会と同様の機関を財務 省内に設立することを求めるなど、NPOへの規制強化の姿勢を打ち出した。

反面、NPOと行政の協力関係が広がり始めたことも事実だ。1959年、上院財務委員会は、慈善目的の寄付に対して、無制限の控 除を認めるべきだとした。1960年代の「偉大な社会」計画における社会福祉政策を拡充するプロセスのなかで、Comnmunity Development Blck Grant(地域社会包括基金)、Social Service Block Grant (社会福祉包括基金)などのように、連邦政府が直接 または州政府や自治体を経由して事業委託や補助金を提供するシステムが作られた。社会福祉以外でも、半官的な性格をもつ National Sience Foundation(全米科学基金)、National EndoWment for the Arts (全米芸術基金)などの機関が設立され、政府 資金をNPOに流すルートとなった。

3)NPOと行政の関係の形態

NPOと行政の関係で、最も重要なもののひとつは、事業実施機関としてのNPOと資金提供機関としての行政の分業であろう。上 述のファイラー委員会の調査によれば、1974年にNPOへ流れた政府の寄進は 232億ドルにのぼると推定されている。この年のN POに対する民間の寄付の総額は 136億ドルすぎず、NPOの政府財政への依存度の高さが明らかになった。表2にあるように、 1989年におけるNPOの総収入は4081億ドルであったが、このうち政府資金は1053億ドルと全体の4分の1を占めた。
表2 事業分野別 にみたNPOの収入源
事業分野 民間寄付 民間料金 政府資金 遺産投資 教会 その他 合計
健康医療 105 963 693 25 70 58 1914
教育研究 125 464 147 48 40 30 854
宗教  485 34 -- 12 -115 42 458
福祉、法律援助 125 52 155 12 3 22 369
文化芸術 75 15 13 6 1 10 120
その他  195 20 45 97 1 8 366
合計 1110 1548 1053 200 0 170 4081
 
(出典)Nonprofit Almanac 1992-93, Independent Sector, p.147

(注)数字は1989年度のもので、単位は億ドル。

政府資金のNPOへの流入形態は、大別して三つに分けられる。事業契約、補助金、還付金である。事業契約は、政府が特定の事業 をNPOに委託し、NPOが政府にサービスを提供するもので、研究プロジェクトを研究機関に依頼するというようなケースであ る。補助金は、NPOの事業に対して政府が財政的援助を行い、NPOが人々にサービスを提供するというものだ。還付金は、政府 が個人に提供した資金をNPOが受け取るというケースだ。還付金の具体的な例としては、医療保険や奨学金などがある。NPOの クリニックなどで治療を受けた個人の費用を政府が還付するという形をさしている。

政策提案機関と政策立案機関という観点からNPOと行政の関係をみることもできる。調査研究、アドボカシー、ロビー活動などを 通じてNPOが行政に政策を提言し、行政が実際の政策を立案するというものだ。政策の実施にあたってもNPOは、大きな役割を はたすことが多い。今回のケーススタディでいえば、Asian Women's Shelter (AWS)が1985年に成立した法律に基づき、家庭 内暴力の被害者を援助するためのプログラムを実施していることがあげられる。プログラムの実施にあたっては、州政府が補助金を 提供しており、ここでもNPOと行政の積極的なパートナーシップの姿をみることができる。

後述する各論のふたつのケーススタディでは、上記の資金を通じたNPOと行政の関係並びに政策提案と立案における両者の関係な どについて、具体的な内容を検討していくことになる。

NPOと行政のパートナーシップが成り立つには、両者の間に性格の相違に基づく役割分担のコンセプトが存在しなければならな い。NPOも行政も、公共的サービスを提供するという点では、共通 している。しかし、行政は、広く、画一的なサービスを提供す るための機関で、ジェネラリスト的な性格が強い。これに対して、NPOは、特定の地域や分野に特化したスペシャリストというこ とができる。添付資料1にあるサンフランシスコにおけるCDBGの対象地域と市営のレクリエーション施設の分布図をみると、市 内に分散した低所得者地域へのサービスを担うNPOと市内全域に満遍無く設けられたレクリエーション施設は行政が担当するとい うことの合理性が感じられる。なお、行政サイドからみたNPOの評価という点については、各論のあとの「NPOへの行政の見 方:まとめに代えて」の部分で触れることにする。
II. ケーススタディ1
はじめに

このケーススタディは、サンフランシスコの Asian neighborhood Design(AND)をコア団体として行う。ケーススタディの目的 は、以下の 3点である。

第一は、アメリカにおけるNPOと行政の関係をANDの中心事業であるコミュニティ・ディベロップメントという事業形態を通 じ て検討することである。具体的には、コミュニティ・ディベロップメントの概念と実施のシステムをANDがベースを置くサンフラ ンシスコの例を中心に紹介する。そのうえで、実際のコミュニティ・ディベロップメントに関連した地域社会のニーズにをANDを はじめとしたNPOがどのように対応しているか検討していく。

第二は、コミュニティ・ディベロップメントという概念がアフォーダブル・ハウジングの建設に象徴されるようなハード作りを中心 にしたものから、より多様なニーズに対応する必要に迫られているという現実に関連している。ANDは、アフォーダブル・ハウジ ングの提供だけでは不十分だという認識にたっている。このため、職業訓練を実施したり、ソーシャル・サービス団体がサービスを 提供するための建物の建設も進めている。ハードの提供を主とするANDがソフト面 のサービスを担うNPOの活動と連携または支 援し、全体として社会問題の解決を推進しているという図式を分析することになる。

第三に、NPOが連携して、地域社会全体の課題の取り組みを検討することである。ANDと他のNPOが、サンフランシスコのマ スタープランの改訂を通じて、チャイナ・タウンのオフィス街化を食い止めた経験を紹介する。

以上 3点に関して、ANDが他のNPOや行政機関とどのような関係が築かれているのかという視点を基本に据えながら分析してい く。

1)ANDの概略

1960年代の公民権運動は、マイノリティ(少数民族)の自覚を促し、全米各地でそれぞれの人種的、民族的背景を持った人々によ るNPOが設立され、さまざまなサービス活動が提供されていった。ANDもこうした流れのなかで生まれた組織である。1973年 に法人化されたANDの設立の中心になったのは、カリフォルニア大学バークレー校で建築学を専攻していた学生だ。アメリカで は、学生がNPOを作ることは珍しいことではなく、次のケーススタディで扱うCenter for Independent Living も学生が始めたもの である。

1995年におけるANDの年間予算は約 300万ドル、有給職員は45名。なお、予算は、運営や設計に関するものだけで、実際の建設 費用などは含まれていない。建設に要する費用は、年間3500万ドルに達している。建設されたアパートやオフィス・ビルなどの運 営は、管理会社に委託されることが多い。

現在、次のようなプログラムを実施している。
  住宅地域開発 低所得地域住民の参加を通 じたアフォーダブル・ハウジングの建設。
  建築デザイン 地域のソーシャル・サービス団体など向けの施設の建築やデザイン。
  地域社会教育 低所得者が経済的に自立していくための情報提供や相談サービスなど。
  職業訓練所 カリフォルニア州政府の認 可を受けた職業訓練所の開設と、社会的、経済的に困難な状況にある青年層への職業訓練の提供。
  ビジネス開発 社会的、経済的に困難な状況にある青年層に雇用の機会の提供。
 
以上のうち、特にワやンの事業を行っているANDのようなNPOは、Community Develpment Corporation(CDC)と呼ばれて いる。CDCは、住まいやコミュニティづくりに関わるNPOの総称である。1991年の調査では、全米に約2000のCDCが存在し ていると推定されているが、これらのCDCは、毎年約 3万戸のアフォーダブル・ハウジングを建設し、30〜40万戸のアフォーダ ブル・ハウジングを管理運営している。

2)コミュニティ・ディベロップメント

アフォーダブル・ハウジングの建設事業などは、コミュニティ・ディベロップメントといわれる。連邦政府は、コミュニティ・ディ ベロップメント事業に対する助成として Community Development Block Grant(CDBG)プログラムを設け、自治体を経由して NPOなどへの資金提供を行っている。同プログラムは、1974年に成立したHousing and Community Development Act (住宅地 域開発法=HCDA)の第一章によって創設された。サンフランシスコ市は、このプログラムを通 じて、1996年に連邦政府から 2428万ドルの資金を受ける見込みである。

CDBGプログラムを管轄するサンフランシスコ市の機関は、Mayor's Office of Economic Development(市長直轄の経済開発室 =MOCD)であるが、助成の決定にあたっては、市民参加の原則が貫かれている。プログラムの助成を決定する諮問委員会とし て、Citizens Committee on Community Development (経済開発市民委員会=CCCD)が設けられている。コミュニティ・ディ ベロップメント問題に見識が深い人々として、市長から任命された24人の委員からなる委員会は、コミュニティ・ニーズや助成の優 先順位を決めるとともに、NPOや政府機関への助成申請の企画書を審査する権限を有している。ただし、現実には、MOCDの職 員が企画書をスクリーニングし、適切と思われるものをCCCDに提出、判断を求める。選ばれた企画と助成額は、公開のヒアリン グをへて、市議会で最終的に承認される。

サンフランシスコは、CDBGの助成金をNPOに提供するにあたり、コミュニティ・ニーズを

▽住宅
▽地域社会の施設
▽パブ リック・スペースの改善
▽パブリック・サービス
▽地域経済開発

の 5つに分類している。住宅はアフォーダブル・ハウジング、 地域社会の施設は低所得者への各種のソーシャル・サービスを提供するための場所、パブリック・スペースは道路や歩道、裏路地、 校庭などを指している。パブリック・サービスとは、雇用、医療、チャイルド・ケアなど低所得者の社会参加を制約している要因を 除去することの必要性を意味している。地域経済開発は、スモール・ビジネスの発展を求めるものなどである。

3)コミュニティ・ニーズへのNPOの対応

では、上記の 5つのコミュニティ・ニーズに対して、ANDをはじめとしたNPOは、どのように対処しているのだろうか。具体的 な事例を通じてみてみよう。

▽住宅

添付資料"Low Income Housing in the City's Tenderloin" (サンフランシスコ市テンダロイン地区における低所得者向け住宅)にあ るように、ANDは、1982年から95年までの間に、サンフランシスコ市のテンダロイン地区で18のアフォーダブル・ハウジングを 建設または設計している。テンダロインは、サンフランシスコに 6ヵ所ある低所得者地域のひとつで、ホームレスや低家賃アパート の居住者が住民の大半を占めている。最も最近に建てられた 555 Ellisは、ANDがSan Francisco Network Ministries(サンフラン シスコ聖職者ネットワーク=SFNM)という団体と共同で建設した38ユニットの低所得者家庭や高齢者向けのアパートである。な お、ANDは、1996年にこのカテゴリーでCDBGの補助金を受けている。CDGBの補助金を受けているCDCがアフォーダブ ル・ハウジングの建設を増大させるために、これらのCDCに建築関係の技術指導を行うことに対するもので、金額は31万ドルとな っている。

▽地域社会の施設

555 Ellis は、地域社会の施設としても機能している。ANDと共同建設にあたったSFNMは、1972年にベトナム戦争に反対した 若者のなかで、社会復帰の支援が必要な人々のために作られた団体だ。現在では、テンダロインに住む高齢者やエイズ患者を訪問 し、話相手になったり、カウンセリングを提供するなどしている、キリスト教をベースにしたNPOだ。アパートの一階には、SF NMのオフィスを置かれている。また、コミュニティ・ルームと呼ばれる部屋がふたつあり、入居者や地域の住民の活動に開放され ている。アパートの裏庭は、子どもの遊び場や大人たちの憩いの場だ。SFNMは、入居者の子どもたちの家庭学習や付近の住民や 入居者に英語クラスを提供している。

▽パブリック・スペースの改善

アパートの向かいに、"Tenderloin Playground and Recreation Center" (テンダロイン・レクリエーション・センター)と呼ばれ るチャイルド・ケア・センターがある。サンフランシスコ市の施設だが、Bay Area Women's Resource Center(湾岸地域女性資料 センター)やTenderloin Youth Advocates(テンダロイン青少年権利擁護)などのNPOの努力により建設されたもので、テンダ ロインの子どもたちに安心した生活の場を提供している。アパートとレクリエーション・センターのオープンにより、付近の治安の 安全性が格段に高まったという。これは、パブリック・スペースの改善の一例である。

▽パブリック・サービス

MOCDは、パブリック・サービスを職業訓練と職業斡旋、法律援助、住宅相談、児童プログラム、シェルター・サービス、食料配 給、健康医療相談、その他の 8つに分類している。ANDに関連の深い団体でCDBGの補助金を受けている例をみると、Asian Law Caucus(アジア系法律連盟)がアフォーダブル・ハウジングの入居者への法律相談に関して 2万5500ドル、Asian Women's Shelter (アジア系女性シェルター:AWS)がアジア系の家庭内暴力の被害者の女性や子どもへのシェルター提供のために 2万 1500ドルを受けている。なお、後述するように、ANDは職業訓練や職業斡旋のプログラムも実施しているが、これらのプログラ ムに対してMOCDからの補助金は受けていない。

▽地域経済開発

サンフランシスコの経済は、大企業のリストラや他の地域への移転などにより、大きな影響を被っている。反面 、従業員 4人以下の 小規模事業体が市内にある企業全体の53%を占めている。このため、小規模事業体の育成が市の経済成長のカギを握るとの観点か ら、MOCDは地域経済開発に力を注いでいる。ANDもこの分野の事業も関わっているが、主としてEconomic Development Corporationと呼ばれるスモール・ビジネスの育成に焦点をあてたNPOが中心を担っている。CDBGとの関連でいえば、Mission Economic Development Association(ミッション経済開発協会)やUrban Economic Development Corporation(都市経済開発会 社)と呼ばれるNPOが、小規模事業体への融資や経営指導などのプログラムのために、それぞれ24万ドルと21万ドルをMOCD から受けている。

4)行政やNPOと連携し多様なニーズに対応

「はじめに」で述べたように、コミュニティ・ディベロップメントは、ハード作りを中心にしたものから、より多様なニーズに対応 する必要に迫られている。ここでは、ANDが直接提供している職業訓練プログラムを中心に取り上げる。ハードの提供を主とする ANDが、行政や他のNPOとどのような協力関係を築きながら、ソフト面 のサービスを含めて、社会問題の解決を進めているかを 検討していく。

ANDの主要な事業のひとつに、職業訓練プログラムがある。1970年代末から、サンフランシスコで経済的に困難な状況にある 人々に職業訓練を提供してきた。プログラムは、カリフォルニア州政府から正式な職業訓練センターとして認可され、主として家具 作りのトレーニングを提供してきた。この経験に基づき、1984年には、家具工場を建設、トレーニングを終了した人々に雇用の場 を提供するとともに、ANDが建設あるいは建築デザインしたアフォーダブル・ハウジングに用いる家具を製造するようになった。

1995年、ANDは、サンフランシスコをベイブリッジで隔てたオークランドでも、職業訓練所を併設した家具工場をオープンさせ た。工場が建設されたウエスト・オークランドは、以前から低所得者の多い地域であったが、1989年のロマ・プリエタ地震で大き な被害を受け、一世帯当たりの平均所得が7000ドル、失業率45%、生活補助の受給率が40%という経済的に極めて困難な状況に陥 っていた。ANDは、これらの人々に職業訓練とともに雇用の機会を提供し、地域経済の活性化を狙ったのである。 ANDの試みに 対して、Northern California Loan Fund(NCLF)、California Employment Trainig Panel(ETP)、Private Industry Council(PIC)などが財政的な支援を提供ている。NCLFは、全米に約40存在するNPOの融資機関のひとつで、職業訓練所 の建設資金などに融資を行った。ETPとPICは、職業訓練の運営に対して財政的な支援を提供している。

ETPは、失業者への職業訓練に補助金を提供するためのカリフォルニア州政府機関である。補助金の財源は、失業保険の原資を充 てているため、失業保険の受給資格を持つ人々しかトレーニングを受けることができない。PICは、Job Training Partnership Act(職業訓練パートナーシップ法)と呼ばれる連邦法に基づき、経済的に困難な家庭の出身で年齢16〜18歳の人々の職業訓練に必 要な財政的援助を行うための補助金を提供する窓口機関である。こうした政府の資金を活用しつつ、トレーニングが実施されてお り、将来的には年間 200人が職業訓練を受ける見込みだ。

トレーニングの受講者を集めるために、ANDは、オークランドにあるFilipino for Affirmative Action (アファーマティブ・アク ションを進めるフィリピン系の会)やJubilee West(ジュビリー・ウエスト)というウエスト・オークランドで黒人を中心にした 人々に各種のサービスを提供している団体との協力関係を築いている。また、職業訓練の終了後、より高度な技術を習得したいとい う人々のためには、City College of San Francisco (サンフランシスコ市大学)でコンピュータを利用した設計を行うクラスが受講 できるようになっている。

5)拠点をえたソーシャル・サービス団体の活動

サンフランシスコとオークランドの職業訓練所と家具工場は、AND自身が建設、運営しているものだ。また、上述した 555 Ellisの アフォーダブル・ハウジングは、SFNMとのジョイント・ベンチャーで、SFNMのオフィスが入居者だけでなく、地域の住民に 各種のサービスを提供している。この他、ANDがソーシャル・サービス団体のために、建物の建設や建築デザインを行うこともあ る。この建物を拠点として、ソーシャル・サービス団体は、地域のニーズに対応したプログラムを提供しているというケースも多 い。ここでは、Asian Women's Shelter (AWS)のシェルター建設と家庭内暴力の被害者支援プログラムの例にとってみていこ う。

AWSは、サンフランシスコ周辺に住む英語を母国語としない家庭内暴力の被害者のアジア系の女性と子どもたちに、安全な生活の 場を提供する目的で設立された団体である。1988年の設立以来、団体が借りた宿泊施設を利用したシェルターを必要とする人々が 増大し続け、1993年には訪れた人々の25%しか受け入れできないという状態に陥った。このため、AWSは、シャルター用の建物 を新たに購入するため、ファンドレイズを進めた。

1994年、AWSは、従来に比べ二倍の収容能力(ベット数で 8〜16へ増加)をもつシャルター用の建物を購入した。この建物の購 入やリモデルに当たり、ANDは積極的な協力を行った。AWSは、1995年 6月の創立記念行事の際、ANDの貢献を讃えて表彰 した。現在、シェルターに収容される母子の人数は、年間70人を超えている。1995年の電話による相談は、年間 600件にのぼった が、これは前年比30%の増加である。なお、家庭内暴力は、男性から女性や子どもに対してだけ生じるとは限らない。女性の同性愛 者の家庭でも発生しており、AWSは、こうした同性愛者の家庭内暴力問題にも対処している。

これらのサービスを提供するための予算は、49万ドル(1995年度:不動産関係は除く)だが、その70%は政府関係の補助金であ る。残りの20%は企業や個人からの寄付、10%は助成財団からの助成金となっている。AWSは、 7つの政府機関から補助金を受 けているが、ここでは San Francisco Mayor's Office of Community Development(MOCD)とCalifornia State Office of Governor, Office of Criminal Justice Planning(OCJP)のふたつを通 じて、行政とAWSの関係をみてみよう。

MOCDは、上述したCDBGの補助金を提供している機関だが、Emergency Shelter Grants(ESG)というプログラムの補助 金も担当している。ESGは、Department of Housing and Urban Development (HUD)が管轄するマッキンニー・ホームレ ス・プログラムの一部だ。既存のシェルターの改善、新たなシェルターの建設、シェルターが必要な人々向けのソーシャル・サービ スの提供などに補助金を提供している。AWSは、ESGのプログラムから 5万6000ドルを受けている。家庭内暴力の被害者の女 性や子どもに各種のサービスを提供するための人件費を含めた運営費に対するものだ。なお、ESGの補助金の提供は、CDBGと 同様、CCCDを通じて行われる。

OCJPは、カリフォルニア州のDomestic Violence Assistance Program(DVAP:家庭内暴力援助プログラム)という包括的 なプログラムを実施するための中心的な機関である。州政府や自治体の関係機関並びにNPOの補助金を提供することは、このプロ グラムの重要な役割のひとつだ。OCJPが管轄している法律とAWSが受けている補助金の関係は、以下のように整理することが できる。 1977年に、カリフォルニア州は、家庭内暴力センター法が制定し、婚姻証明(Marriage Lisence)の発行手数料の一部を 家庭内暴力の防止や被害者の救援の事業資金に提供することになった。現在、手数料は約40ドル、その半分がこの資金に回ってい る。資金は、州内の郡の人口に基づきそれぞれの郡内にあるNPOなどに提供される。サンフランシスコ郡には、AWSを含め家庭 内暴力問題を扱うNPOが 3団体あり、これらの団体の事業規模などに応じて、配分を受けている。結婚と家庭内暴力を関連させ、 婚姻届の段階で家庭内暴力の被害者への資金を確保させるという目的税である。

連邦政府は、1984年、Falimy Violence Prevention and Service Act(家庭内暴力防止法)を制定。Department of Health and Human Services (DHHS)を通じて、州政府に家庭内暴力防止のための資金が流れるようになった。カリフォルニア州は、 1985年、刑法13823.15条を制定し、州の一般会計から 150万ドルの予算を家庭内暴力の被害者への援助団体に配分することを決 めた。さらに1986年、連邦司法省は、Victimes of Crime Act Program を制定、犯罪者に課した罰金の一部を州政府を通じて、家 庭内暴力防止のプログラムに用いることとした。

OCJPは、こうしたさまざまな財源をDVAPが規定するサービス活動への資金として、NPOを含めた機関に提供している。D VAPのユニークな点は、ボランティアの活用を求めていることだ。これは、DVAPのプログラムのコストを抑える意味も含んで いる。ボランティアは、一定の時間トレーニングを受けることが義務付けられている。AWSは、40人以上のボランティアを抱え、 プログラムの実施している。

6)地域社会全体の課題の取り組み

NPOは主として、プロジェクト単位で活動を行っている。ANDのケースでいえば、アフォーダブル・ハウジングの建設や職業訓 練所の運営などがこれにあたる。これに加えて、NPOは、地域全体や全国レベルの課題に共同して取り組むことも少なくない。A NDの場合、「ANDとコミュニティ・ディベロップメント」のなかで示しだ地域社会教育プログラムや、どのプログラムにも属 さない Policy Work(政策関係事業)として実施されている。ここでは、チャイナ・タウンのリゾーニング問題を通 じて、NPOが 地域社会全体の活動にどのように取り組んでいるかについて具体的な例をみてみよう。

19世紀に起源をもつチャイナ・タウンは、1970年代から80年初頭にかけて大きな試練に直面 した。ダウンタウンのオフィス街が拡 張され、チャイナ・タウンの近辺にまで高層ビルの波が押し寄せてきたのである。ここで、ゾーニング問題がクローズアップされ た。ゾーニングとは、地域社会を住宅地、商業地、工業地に区分して土地利用を特定化することをいう。例えば、住宅地にはスーパ ーや工場を建設することができず、静観な環境を保つことができる。また、建物の高さなどに制限を加えることもある。

ゾーニングの考えの根本には、建物が単一の目的で建設されるということがある。しかし、チャイナ・タウンのように、住居が商店 を兼ねるような土地柄には、この考えは馴染まない。このため、1950年代にチャイナ・タウンは「特別 利用地域」に認定され、独 自の街づくりを行政からも認められた形になった。ダウンタウンのオフィス街の拡張に伴う問題は、建物の高さの規制と関連してい る。チャイナ・タウンに近接する住宅地は50〜60フィート程度に制限されていたが、チャイナ・タウンは高層ビルの建設も可能で あった。オフィス街の拡張は、この可能性を現実のものにする懸念があった。

1984年から86年にかけ、ANDや Chinese Resource Center(中国系資料センター)、Chinese Chamber of Commerce (中国 系商業会議所)を中心にしたチャイナ・タウンのNPOや住民は、ゾーニング問題に取り組んだ。住民集会などを通 じて地域のニー ズを集約し、1985年12月には、住宅、都市デザイン、歴史的建造物の保存、商業活動、交通 などを含んだ"Chinatown Community Plan"と題する包括的なゾーニング案を発表。建物の高さに関しては、周辺の住宅地域の高さ規制やチャイナ・タウン内の建物の平 均的な高さを基準にして、50〜65フィートに制限すべきだとした。

NPOや住民は、行政側と対立したわけではない。San Francisco Depetment of City Planinng(サンフランシスコ市都市計画省) は、1986年 4月、"Chinatown Planinng & Rezoning Study" と題する報告書をまとめた。報告書は、チャイナ・タウンの住宅、商 業と雇用、交通、都市デザインの 4点にわけて分析。その結果を、サンフランシスコ市のマスタープランの各論に、それぞれが対応 する部分を取り入れるように提案した。建物の高さについては、チャイナ・タウンの景観を急激に変化させないために、 6階建て以 上の建物の新築は認めるべきではないとした。こうして、マスタープランが変更され、チャイナ・タウンは高層ビルに取って代られ ることなく、発展の道を歩んでいる。
ケーススタディ 2
はじめに

このケーススタディは、カリフォルニア州バークレー市にある(Center for Independent Living(自立生活センター=CIL)を対 象に行う。ケーススタディの目的は、以下の 2点である。

第一は、アメリカにおける障害者福祉政策におけるNPOと行政の関係を具体的に検討することである。CILは、障害者当事者の 主体性を尊重して設立された全米初のNPOだ。ここから生まれたIndependent Living(自立生活)という新しい概念に対して、行 政が財政的な支援を提供した。これにより、概念は、抽象論から具体論となり、アメリカの障害者福祉政策に根本的な変化をもたら した。このプロセスにおける、CILと行政の動きを分析していく。

第二は、NPOの発展形態を検討することである。相互扶助・直接サービスを主な活動としているCILから、法的なアドボカシー を専門にしたり、調査研究に基づき政策提言を行うことを専門にしたNPOが設立され、三者がそれぞれ行政との関係を保ちなが ら、全体として障害者の権利擁護と福祉向上に寄与している。これは、特定のコンスティテューエンシー(サービスを受ける立場に いる社会層の人々)を対象にしたNPO事業発展において、しばしばみられるパターンである。

これらの目的を満たすため、このケーススタディでは、以下のような構成をとった。まず、対象であるCILの概要を紹介し、その 社会的意義を理解すると同時に、アメリカにおける障害者福祉政策の根本についての説明を加えた。次に、CILが他のNPOとど のような関係をもちながら事業を進めているかについて紹介した。CILや他のNPOが行政とどのような関係を保っているかにつ いては、事業実施機関と資金提供機関、政策提言機関と政策立案機関というふたつの形を通 じて議論を進めた。

1)CILとアメリカの障害者福祉 

CILは、1972年、カリフォルニア大学バークレー校を卒業した障害者たち数名によって、障害者の自立生活を支援するための機 関として設立されたNPOである。現在の年間予算は、約 250万ドル、有給職員は40名。主な事業は、介護人照会、住宅情報提 供、ピア・カウンセリング、雇用機会拡大プログラム、アウトリーチ、クライアント・アシスタント・プログラム、アドボカシーな どとなっている。これらの事業のうち、一般に馴染みのないものについて簡単に説明しておこう。

アウトリーチとは、言語や文化の壁により通常CILのサービスを受けにくい立場にいる人々に事業内容を理解してもらい、利用者 の幅をより広げる試みをいう。クライアント・アシスタンド・プログラムは、California State, Department of Rehabilitation(カ リフォルニア州リハビリ省)提供のサービスを受けるための手続き説明と、サービスを受けようとした人々が不本意な対応をされ た、意志が十分通じなかったというような場合、当事者の立場に立ち問題解決をはかろうとするものである。アドボカシーは、自立 生活の理念と実践を推進するための政策批判や提言活動のことで、CIL独自、あるいは他団体や利用者からの協力をえながら行っ ている。

自立生活とは、福祉の専門家や親ではなく、障害当事者が自らの人生の選択を行い、管理するという哲学に基づき、障害の種類や程 度に関係なく、地域に統合して生活を送ることである。CILが提示した自立生活の理念と実践は、全米だけでなく世界的に注目さ れた。それまで施設に暮らし、福祉に依存していた多くの人々が障害の程度に関わりなく、地域に暮らし社会に貢献する存在となる という現象をもたらし、福祉政策に大きな影響を与えた。現在、CILをモデルにした自立生活センターは、全米に 300か所以上あ る。

アメリカでは、人種・民族マイノリティや女性など、歴史的に差別 の対象となってきた人々に対しての権利を法律を通じて保障する 公民権という考え方があらゆる社会政策の根本となっているといえよう。障害者政策もその例外ではない。具体的には、以下 3つの 法律が中心をなしている。

▽1973年リハビリテーション法504条(Section 504, Rehabilitation Act of 1973)  連邦政府からの補助金を受ける団体が障害を理由に障害者を差別 することを禁止。

▽1975年全障害児教育法(Indivisuals with Disabilities Education Act)  障害児の隔離教育を禁止し、健常児との統合教育の権利を保障。

▽1990年成立障害者差別禁止法(Americans with Disabilities Act=ADA)  雇用や教育、公共の場、公共交通機関、通信手段など生活の諸側面 において、障害を理 由にした差別を禁止した包括的な法律。

2)CILと他のNPOとの関係

ある特定の属性をもった人々(例:女性、アフリカ系アメリカ人、障害者)の権利擁護や福祉向上をはかろうとするNPOをみる と、一定の発展パターンが存在していることに気付く。

まず、人々の生活を相互扶助的に支援する直接サービス主体のNPOが生まれる。しかし、サービス活動を進めるなかで、社会環境 が整わないために、十分なサービスを受けることができない人々が存在することが明らかになる。このため、法律的な措置を通 じ て、この状況を変えようとする法律アドボカシー専門NPOが必要となる。しかし、この過程で、行政や世論、利用者を納得させる に十分な説得材料が、個人のエピソードとしてだけではなく、論旨の通 った研究資料として必要になってくる。そこでシンクタンク 的な機能をもったNPOが必要とされるというわけである。

例えば、女性の地位向上のための相互扶助を目的に、1966年に、National Organization for Women (全米女性機構=NOW)が 設立された。その後、法律アドボカシーを担うため、NOW Legal Defense Fund(NOW法律擁護基金)が生まれ、さらにシンクタ ンク的NPOとしてFeminist Majority(フェミニスト・マジョリティ)が設立された。

CILとの関係で、NPO発展パターンを考えることのできるNPOに、DREDFとWIDがある。もともとCILには、リハビ リテーション法 504条についての理解を深める啓発事業があったが、これが1979年に独立して、Disability Rights Education Defense Fund(障害者権利教育擁護基金=DREDF)になった。独立後、DREDFは、 504条に限らず、その他の法律につい ての情報提供・教育を行う他、法律相談、政策提言、訴訟も行うようになった。

また、自立生活運動のパイオニアとして知られ、CILの事務局長を務めた経験をもつエド・ロバーツ氏やジュディ・ヒューマン氏 は、既存の調査・研究機関が自立生活の理念を反映していないという認識にたち、1984年、障害者による初のシンクタンク、World Institute on Disability (世界障害問題研究所=WID)を設立した。

CIL、DREDF、WIDはそれぞれの専門性を生かしながら、全体として障害者の権利擁護と福祉向上に努めている。例えばW IDでは、調査・研究を行うたびに、専門家委員会(Expert Panel)を結成し、調査・研究の方向性を確認し意見を求めている。C ILはしばしばこの委員会のメンバーになり、地域に生活する障害者の立場からの意見を反映させている。

1990年以降に実施されたユニバーサル・デザインに関する調査はその一例だ。これは、「障害者と福祉機器」という発想を否定、 障害者のためだけの福祉機器ではなく、全ての人々に使いやすい製品が開発されるべきだというコンセプトである。ユニバーサル・ デザインが具体化された例として、テレビの字幕ディスプレーをあげることができる。字幕ディスプレーは聴覚障害者だけのものと してみなされてきた。しかし、アメリカで販売されるテレビには全て字幕ディスプレイ機能が内蔵され、英語の学習や騒音のなかで テレビをみる人々にも有効な機能として評価されている。

現在、DREDFは、視覚障害者が銀行の自動支払い機にアクセスできなかったという陳情に基づいた訴訟を係争中である。この 裁判にあたり、WIDは、ユニバーサル・デザインのコンセプトや情報を提供することで協力している。

なお、CILからは事業のニーズが拡大したために独立していった団体もある。1975年には、コンピュータを使った職業訓練と職 業紹介のプログラムが、Computer Training Program として、障害者のスポーツやリクリエーションに対してのアクセスを推進す るプログラムがBay Area Outreach Recreational Programとして独立した。1983年には、小中学校の生徒を対象に障害者自らが、 障害者についての意識を高める教育プログラムが、Kid's Programとして独立した。1984年には Wheelchair of BerkeleyがNPO としてではないが、会社として独立した。

3)事業実施と資金提供におけるNPOと行政

では、CILやWID、DREDFなどのNPOは、行政とどのような関係をもっているのだろうか。ここでは、まず事業実施機関 と資金提供者、ついで政策提言機関と政策立案機関というふたつの観点から分析してみたい。

CILが創設された1972年、連邦厚生省リハビリテーション局は、CILに 5万ドルの補助金を提供した。これにより、自立生活 支援サービスの実現可能性に関する実験的プログラムが実施された。それまでほとんど収入のなかったCILも、運営ができるよう になり、行政内でも存在が認められるようになった。現在、CILの約 250万ドルの予算のうち75%を占める約 190万ドルは、連 邦、州、郡、市の補助金となっている。

1978年以降、CILは、地域サービス・ブロック・グラント(Community Service Block Grant=CSBG)という Department of Health and Human Services(DHHS)の補助金を各種事業に対してしばしば受けてきた。CSBGは、低所得者の自立と生活向 上を目的としたNPOの事業などへの補助金制度である。バークレー市の場合、 2年に一回、市独自の基金とあわせて約 200万ドル を市内にある約50のNPOに提供している。CILは現在、雇用援助プログラムとして 3万3744ドル、視覚障害者自立援助プログ ラムとして 2万8364ドルを受けている。

Department of Education(連邦教育省)は現在、全障害児教育法に基づき、約 1万ドルの補助金をDREDFに提供している。D REDFの職員が、カリフォルニア各地の障害児を子どもに持つ家庭や学校を訪問し、教育法の下でどのような権利が保障されてい るかをわかりやすく説明する事業である。このような事業は、政策批判を増大させるだけではないのか。とすれば、なぜ行政が補助 金を提供するのか、という疑問もあるかもしれない。だが、行政はむしろ逆の考え方をする。このような事業がなければ権利侵害や 裁判の数も増え、学校や行政などのコストが逆に高くなるので、それを防ぐために補助金を提供するという発想である。

DREDFの場合は、行政からの補助金は年間予算約 140万ドルのごく一部にすぎないが、WIDの場合、年間予算は約 300万ド ルのうちの90%が行政からの補助金である。例えば、過去6年間にわたり、教育省の一機関であるNational Institute on Disability and Rehabilitation Research(全米障害社会復帰調査研究所)から毎年約 50万ドルの補助金を受け、障害者の視点からのパーソナ ル・アシスタント(介護)に関する実態調査、政策分析を行っている。

4)政策提言と政策立案に関するNPOと行政

前述のCSBGの補助金を獲得するため、NPOは申請書をバークレー市に提出する。このプロセスにおいて、Community Action Committee(地域活動委員会)という、選挙で選ばれた市民と行政関係者によって構成されている組織が、補助金を提供の基準策定 と選考過程に参加している。CILでは、この地域行動委員会に障害者を参画させる努力を絶えずしており、現在も15人のメンバー のうちのひとりは定期的にCILサービスを利用している当事者である。こうして、障害者の視点を地域福祉行政に反映させてい る。

1979年には、CILがカリフォルニア州議会公聴会で自立生活センターへの支持を求めた。これにより、毎年カリフォルニア州内 の自立生活センターには、申請書なしでも運営補助金が提供されるようになった。現在では、アメリカのほとんどの州が同様の制度 を設けている。自立生活センターという概念が行政からの在米日本企業性的な裏付けを受けたNPOによりプログラムとして具体化 されるようになったのである。

DREDFやWIDも同様に政策提案を行っている。例えば、DREDFのパム・スタインバーグ氏は、カリフォルニア州の州知事 直轄機関であるCouncil on Developmental Disabilities (発達障害評議会)のメンバーでもあり、州内の発達障害者関連の政策を策 定したり、予算配分に意見を述べる立場にいる。また、ADA成立以前には、CIL利用者などの草の根のニーズを反映しながら連 邦議員とともに前述のADA法案を起草した。DREDFは、法律的なアドボカシーを専門にしているため、行政との対立関係しか ないというイメージを抱かれるかもしれない。しかし、現実には、提言だけでなく立案にも関わって建設的な関係を形成している。

前述したWIDのパーソナル・アシスタンスに関する調査・研究は、報告書として出版され、各地方自治体や連邦政府の関係者に読 まれている。報告書が発行される以前は、それぞれの障害者にどれくらいのどのような介護が必要かは福祉専門家が決定して、介護 料も行政や行政委託のNPOが介護人に渡すというシステムであった。しかし、WIDの調査によって、介護人のニーズを決めるの は障害当事者であるという自立生活の哲学が反映されると同時に、当事者が介護給付を行政から受け取り、直接介護者に支払うとい う方法の方が財政効率がよいことが明らかになり、介護人制度の改善を促した。

アドボカシーや政策提言というと、政府批判だけとみなされがちだ。このため、NPOによりこれららの活動に政府が財政面 で協力 するということは考えにくいかもしれない。しかし、介護人制度に関するWIDのケースが示すように、政府から委託された調査や 研究の事業が単なる政策提言に止まらず、具体的な政策に反映することも少なくない。NPOと行政の間で、このような関係も成り 立ちうるし、成り立っているということは、両者の関係に金銭が介在しても、対等なパートナーシップがありえることを端的に示し ているといえよう。

5)NPOへの行政の見方:まとめに代えて

NPOは、それぞれの専門性を生かしたさまざまな活動を通じて、地域だけでなく全米的な課題に対しても重要な機能をはたしてい る。行政の資金援助を中心とした協力は、この機能を十分に発揮させるためカギでもある。だが、NPOに対する行政の姿勢は、何 ら問題がないのであろうか。また、行政は、なぜNPOへの財政面 を含めた協力を行っているのか。このふたつの点をまとめたうえ で、このリサーチを終えたいと思う。

まず、NPOに対する行政の財政援助の問題点を検討しよう。

第一に、行政の事業委託や補助金を受けるための競争がある、事業委託や補助金を受けるには、問題の所在や地域のニーズをしっか りと把握したうえで、申請を行わなければならない。この過程で、NPOは、他のNPOを厳しい競争にさらされる。仮に事業委託 や補助金を受けても、成果が不十分であれば、次回の保障はない。

第二に、行政からの事業委託や補助金が削除あるいは廃止されることもある。例えば、1980年、CILは規模のうえで最盛期を迎 え、有給職員が 200人もいた。当時の年間予算の 320万ドルのうち90%が連邦、州、郡、市からのプロジェクト補助金だった。し かし、民主党のカーター政権から共和党のレーガン政権に変わったことや1978年の提案13の成立(カリフォルニア州の住民投票で 固定資産税が大幅に削減されることになったもの)などにより、行政の資金が急減し、事務所を売却せざるをえない状況に追い込ま れた。

以上のような問題は、NPOにとって両刃の剣ともいえるものだ。厳しい競争の下で事業を展開しているがゆえに、住民にとって真 に必要なサ−ビスを提供できないNPOが淘汰され、意味のある活動が残っていくようになるからである。もちろん、行政とのコ ネ、運営方法の向上などにより、生きぬく技術だけにたけたNPOが残っていくという懸念がないわけではない。とはいえ、今回の リサーチを通じて、行政サイドからNPOを積極的に評価する声が高かったことも事実だ。以下、これらをまとめておこう。

バークレー市の元CSBG担当者マニュエル・ヘクター氏は、NPOの意義を行政の観点から以下の3点にまとめている。

▽NPOは、利用者のニーズをすばやくキャッチし、臨機応変にサ−ビスを提供できるため、利用者の評価が高い。

▽NPOは、行政の官僚機構の煩雑さがない。したがって、運営効率がよい。

▽NPOは、寄付や事業収入も見込めるので人件費を含めた運営費が比較的安価ですむ。したがって、経済効率がよい。

ふたつのケーススタディからも明らかなように、アメリカでは、NPOと行政の関係が法律を含めた制度としてかなり整備されてい る。したがって、行政にとって、NPOとの関係は、関係を築くかどうか、どのような関係にするか、といった基本的な課題を意識 する必要性は少ない。とはいえ、上記のようなメリットが理解されていなければ、財政面 を中心にしたNPOとの関係を恒常化させ ることは困難だろう。これらのメリットが理解されるだけNPOが成熟しているということはある。だが、それは、NPOの自助努 力だけの結果とはいえない。行政による財政的な支援のシステムがあればこそ、NPOがこれに対応できるだけの能力も備え付ける ことができるのである。
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