NPO関連
災害ボランティアと安全・補償の問題
『公益法人』(1997年6月、Vol.26、No.6)掲載原稿
日本太平洋資料ネットワーク
理事長 柏木
宏
阪神淡路大震災の救援活動において、ボランティアが目覚ましい活躍を行い、「ボランティア革命」ということばまで登場するよ
うになった。しかし、被災地に駆けつけたボランティアが二次災害に巻き込まれる可能性は常につきまとう。震災直後、政府がボラ
ンティア支援立法の制定を検討した背景にも、ボランティアの安全性に対する懸念があった。支援立法は、その後、NPO法案とな
り、今日に至っている。この過程で、ボランティアの安全性に関する議論はほとんど聞かれなくなってしまった。
今年一月のナホトカ号の事故にともなう流出原油の回収作業において、五名の方が亡くなった。これを契機に、ボランティアと安
全性の問題が再びクローズアップされてきた。同時に、ボランティアへの補償問題も浮上している。この小論は、アメリカにおける
ボランティア活動と安全性、とりわけ災害時にNPOや行政がボランティアの安全性の確保と補償の問題に関してどのように対応して
いるかを検討することを目的にしている。日本におけるボランティアの安全性や補償の問題についての議論の一助になれば幸いであ
る。
1)災害ボランティアの類型と安全性・補償
災害時におけるボランティアの安全性の確保と補償の問題に入る前に、災害ボランティアの類型について定義しておこう。災害ボ
ランティアのタイプによって、安全性の確保や補償の方法が異なってくるからだ。
災害ボランティアは、事前に訓練を受けていないが災害発生時に救援活動にかけつける人々(第一次ボランティア)と、訓練を受け
ている人々(第二次ボランティア)のふたつに大別できる。前者は、いわゆる駆け付け型だ。後者は、専門型と呼ばれことが多い。
第一次ボランティアは、さらにふたつのタイプに分けられる。被災地の住民や被災地に居合わせた人々のうち、被害を受けなかっ
た、または被害が少なかった人々がより大きな被害を受けた人々を援助するというタイプがある。このタイプを、第一次ボランティ
ア甲種(以下、甲種)としよう。
甲種は、災害発生からごく限られた時間だけに生じる。また人数も限られている。しかし、彼らのリスクは高い。訓練を受けてい
ないうえ、監督者もいないからだ。したがって、彼らのリスクを軽減するには、災害時における対応の仕方を説明する日常的な広報
活動を充実させることや、すみやかに専門的な救援組織を現地入りさせ、救援活動を引き継ぐことが必要になる。なお、個人個人で
加入している保険を別とすれば、万一の場合の補償はない。
同じ第一次ボランティアでも、災害の発生を聞いて駆け付けた人々は、現地入りしてから訓練を受けることが可能だ。また、安全
性についての指導を受けたり、万一の際に補償を受ける準備もできる。これらの人々を、第一次ボランティア乙種(以下、乙種)と
呼ぶことにしよう。
第二次ボランティアに関しては、訓練の段階で、安全性の確保についても説明や訓練を受けることができる。また、ボランティア
保険や労災補償を含めた補償に関する問題ついても、システムさえ存在すれば、対応する時間的な余裕はある。後述するように、ア
メリカでは、すでにある程度のシステムが整備されている。
以上から、災害時のボランティアの安全性や補償の問題については、乙種への対応を中心に考える必要がでてくることが理解でき
る。これは、災害発生後に被災地入しようとしている人々、あるいはすでに被災地入りしている人々に対して、限られた時間のなか
で、安全性についていかに適切な指導を行うか、また補償措置がとれるようなシステムを作るかという課題でもある。ちなみに、ナ
ホトカ号の事故にともなう原油回収作業で死亡した五人の方々も、乙種だ。
2)災害ボランティアの受け入れシステム
災害時にボランティアを受け入れるシステムは、災害ボランティアの類型によって異なってくる。第二次ボランティアの場合、訓
練を提供した団体や行政機関に受け入れを求めるのが一般的だ。赤十字で訓練を受けた人は赤十字へ、地元も消防署で訓練を受けた
人は消防署に問い合わせる、というパターンである。
これに対して、第一次ボランティア甲種には、受け入れという概念はない。では、乙種はどうか。通
常、乙種の受け入れは、以下 のように募集から評価までのプロセスで成り立っている。
(A)募集
手段としては、メディアや口コミが主。通
常、大規模な災害になると、特別な広報活動をしなくとも、多くの人々がボランティア
することを申し出てくる。
(B)受付・審査
ボランティア受付センターを設置し、電話や面
接によるインタビューを通じて、職務明細に基づきボランティアの仕事を決定す
る。職務明細については、後述する。
(C)登録
受付センターで登録を行う。この際、補償に関連した手続きも行うことになる。
(D)訓練
受入団体が仕事の内容、安全性の確保を含めた訓練を提供。訓練の内容は、職務によって異なるが、通
常、短時間のものだ。
(E)活動・監督
災害現場または後方でボランティアが活動を開始し、受入団体は監督を行う。
(F)評価
災害援助活動終了後、ボランティアと監督者が評価を行い、将来にいかす。
3)救援機関とボランティア・センターの関係
では、乙種の受け入れにおいて、消防局や行政の長の直轄の緊急対策課などの行政や災害援助団といった実際に救援活動に携わる
機関とボランティア・センター(以下、センター)の間で、どのような関係のもとで対処することが合理的なのだろうか。カリフォ
ルニア州オークランド市消防署の緊急管理局のヘンリー・レンタリア局長は、以下のような関係が理想的だという。
▽募集 |
|
センターが担当 |
▽受付 |
|
センターが担当 |
▽訓練 |
|
センターと行政が協同 |
▽監督 |
|
行政が担当 |
▽評価 |
|
センターと行政が協同 |
赤十字などの災害援助団体が含まれていないのは、災害援助団体の多くは自ら訓練を提供したボランティアに依存する傾向が強い
ためだ。しかし、災害援助団体が一般のボランティアを必要とする事態もありえる。したがって、上記の「行政」は、「行政・災害
援助団体」と考えていいだろう。
このような形が理想的と考えられるのは、行政とセンター、ボランティアの役割の相違を認識したうえでの分業だからである。消
防や警察を含めた行政は、災害対策の専門家集団といえる。これに対して、センターは、ボランティアを募集するための組織だ。ボ
ランティアは、専門家集団を援助する人々である。 したがって、センターがボランティアを集め、行政や災害援助団体と一緒に訓
練を提供し、実際の現場での活動の監督は行政や災害援助団体にまかせ、救援活動が終了した後の評価は協同して行うというパター
ンの合理性が理解できよう。
また、行政や災害援助団体の専門家を救援活動に集中させるには、募集や受け付けの作業はできるだけ外部に依託すべきだ。さも
ないと、募集や訓練に人員を割かれ、差し迫った救援活動が行えないことになってしまう。ここに、センターの存在意義がある。
ボランティアの募集、受け付け、訓練は、被災現場以外で行うべきである。ここでいう被災現場とは、被害が甚大な場所という意
味だ。こうした場所で行えば、ボランティアへの危険もともなうし、危険が現実化すれば、救援活動の妨げにすらなる。
4)ボランティアと補償の問題
ボランティアの補償問題は、受入先が行政か民間団体かによって異なっている。行政機関の場合は、災害援助労働者となり労災補
償の適用を受けることが可能になる。民間団体は、ボランティア保険(損害賠償保険の一種)に加入していて補償がなされる場合
と、ボランティアに損害賠償の免責を求める書類に署名するよう求める場合に分けられる。
災害援助労働者は、州政府が運営する労災補償制度を拡大したものだ。カリフォルニアの場合、州の緊急援助法第8580条で規定
されている。戦争や州、地域レベルの災害に対処する政府の活動を援助するために登録した人々を災害援助労働者という。退職した
警察官や消防職員なども登録するが、原則としてだれでも応募、登録できる。
なお、災害援助労働者の対象は、乙種のボランティアだけではない。第二次ボランティアのうち、消防署などの行政機関で訓練を
受け、災害時に行政機関でボランティア活動を予定している人々の多くは、災害援助労働者として登録しており、万一の場合に補償
が受けることができる。
州政府がボランティアに対してこのようなシステムを設けている第一の理由は、訴訟への懸念だ。「訴訟社会アメリカ」では、
「自主的」に参加したボランティアでも、事故などが起これば、行政機関などに提訴することは十分ありえる。第二に、現実にボラ
ンティアの活動を必要としているという事情がある。必要である以上、「無給の政府職員」であるボランティアへの責任を負う、と
いう考えに基づいている。
民間団体は通常、ボランティアに関連して損害賠償保険に加入している。保険会社が提供しているものだけでなく、NPOの保険を
扱うNPOによるものもある。前者の例としては、アメリカ保険グループなどが知られている。後者の例には、カリフォルニア非営利
組織保険連盟などがある。同連盟には、カリフォルニアのNPO約1500団体が加入している。
こうした保険は、災害時の援助活動ためのだけのものではない。NPOは、ボランティアへの補償や活動にともなう損害賠償の問題
に関して、日常的に配慮を行っており、その延長上に災害時の活動での問題に対処しているのである。NPOがこうした保険に加入す
る理由は、労災補償の場合と同様に、訴訟への懸念、ボランティアの必要性、ボランティアへの責任感などに基づいている。
ボラ ンティア活動の結果に対して、損害賠償を問われることもある。ボランティアが救助中の人に怪我をさせた、応急治療を施したが死
亡した、といったケースがこれだ。こうした事態のために、災害援助団体や行政機関は、損害賠償の保険をかけている。
また、カリフォルニア州には、グッド・サマリタン法という法律がある。医師や看護婦が緊急時にボランティアとして医療行為に
携わり、患者が死亡するなどの問題が生じたとしても、行為者の法的責任を問えないとするものだ。緊急時には、医薬品や医療設備
がない、あるいは不十分な状況でも対処しなければならない事態が起こりえる。こうした事態における医療行為を免責することで、
医師や看護婦のボランティアとしての参加を促すというのが、この法律の狙いだ。
5)受入システム全体での対応の重要性
保険や労災補償だけでは、ボランティア活動にともなう補償の問題の対応が十分とはいえない。安全性の確保も、訓練と管理だけ
では十分でない。ボランティアを受け入れるシステム全体で、安全性の確保や補償問題に対処するという考え方が重要である。
ボランティアの受け入れにあたっては、まずニーズを把握しなければならない。緊急時には、行政や災害援助団体の能力を超えた
ニーズが生じる。このニーズのなかで人的資源として必要とされるものに関して、ボランティアという形で補充することになる。そ
の際、ボランティアが行う作業を具体的に示す職務明細が重要になってくる。職務明細は、どのような内容の仕事を行うのかを示す
もので、職名、仕事内容、職務遂行に必要な知識や経験及び資格、拘束時間などを明記されている。
災害ボランティアの募集にあたって、職務明細は次のような意味をもつ。第一に、それぞれの仕事が具体的に示されているので、
受け付け処理の迅速化される。第二に、ボランティアの希望者を適材適所に振り分けることで、仕事に就いたボランティアが不慣れ
な仕事でリスクを負うというような問題を回避することにつながる。第三に、仕事内容が特定されていることで、作業内容や安全性
に関する訓練も簡潔にすることができる。
ボランティアは、「自由に動き回る」のではない。受入機関の指導にしたがって行動するのである。したがって、適切な監督を行
うことは、ボランティアの安全にとって必須の要件だ。また、ボランティアが参加した活動への評価を通
じて、安全性を高め、リス クを提言する方法についても検討が加えられる必要がある。
さらに、ボランティア活動に従事する人々への食料や飲み物の確保と提供、心理的や苦痛や負担の大きい仕事には、カウンセリン
グ的なものも提供するなどの配慮が必要だ。このように、災害ボランティアのリスク・マネジメントは包括的なものである。
なお、甲種に関しては、一九八九年のサンフランシスコ地震などの経験から、彼らの活動をいかに効率的に専門家集団が引き継ぐ
かという問題があることが明らかになっている。引き継ぎがスムーズにいけば、甲種は、より短い時間だけの活動ですむ。したがっ
て、彼らのリスクも小さくなる。また、甲種が引き続きボランティア活動を続けたいと考える場合には、乙種のパターンに組み込む
ことが必要だ。すなわち、甲種に、受付から訓練までを受けさせたのち、再度、活動に入ってもらうというシステムである。
ボランティアは自己責任の原則で対応すべきだ、という主張がある。ボランティアの自発性の大切さを理解するならば、完全に否
定できる主張ではない。しかし、確率的にいっても、ボランティアが怪我や病気、死亡するというケースもありえるし、これまでに
もあった。したがって、こうした事態に対処するためのシステムをつくる必要がある。
このことは、ボランティアを受け入れる団体や機関にとっても、訴訟に備えるという消極的な意味からだけでも重要なことであ
る。さらに、安心してボランティア活動に参加できる環境を作ることで、ボランティア活動を促進していくことにもつながってい
く。ボランティアへの安全性の確保と補償の問題。それは、日本で生まれたばかりの「ボランティア社会」を健全に発展させるカギ
のひとつでもあるのだ。
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